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1-1


 入り組んだ町並みの階段を目に付くままに伝って、青年はひたすらに走る。
 足を動かす度に腰のベルトに携えた剣が右の太ももにぶつかって邪魔だった。振り向けば多分あの数人の青い鎧の兵士が追ってきているのだろう。何故追われているのか考える余裕もなくただ逃げていたが、この剣を抜けばどうなるだろうか。頭を過ぎった考えをすぐ棄てる。追われる理由を自分から作ってどうする、と頭の中で叱咤した。そもそも剣を抜くなんて、そう簡単じゃない。簡単じゃないのだ。
 俺は――。
 青年は、己の頭の中でちらついている光景を思い出す。今日も昨日も、明日もきっと、ずっとその景色が頭から離れない。鮮やかな色彩は色褪せないし、鋭い瞳が今も心臓をひどく萎縮させるような感覚は生々しく衰えない。だが、それに身を浸しているからこそ、走り続ける力が今も湧いてきているのだと、そうわかっていた。
 そうだ、走れ。逃げるんだ。俺は、逃げないといけないはずだろう。この景色はここでは消えない。

 少女はずいぶん前から息を整えようとしていたのに、未だに呼吸を荒く繰り返していた。今は立ち止まっているのだから酸素は十分に行き届いているはずなのに、息苦しくて震えも止まらない。だんだんと目眩もしてきた。僅かに歪んだ視界で建造物を見回す。
 高い天井に向かって一直に伸びる何本もの柱の、ひとつひとつに精緻な装飾が施されている。窓から淡く差し込む透明な光芒が踊るように舞い、空間そのものが清らかなものに染まっているように感じた。何かの神殿だろうかと思ったが、彼女が知っているものとは明らかに様式が違った。
 ここはどこなのだろう。本当に来た道を辿れば外へと続いているのだろうか。
 清らかなはずで、静かで空気さえ洗われるような空間のはずで、その思いは本当だ。だけどここは明らかに、異質で、少女にどこか恐ろしい思いを抱かせた。  戻った方が良い。そう思ったのと同時に、少女の全身が一気に弛緩した。少女の体勢は崩れ、急速に世界が遠のく。意識を手放す直前に思った。

「空気が、紅い……?」



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