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1-11


 森の切れ目にたどり着くと、陽光が眩しく差し込んだ。グランは目を眇める。先ほどまで草木しか見えていなかった視界が唐突に開け、その先には、小さな町には不釣合いに大きな門。残りはすべて、これまでと変わらず木々が占めていた。
「あれがシャタルだよね」
 レカードも目を細めていたが、険しい顔は眩しさのせいではないようだった。
「……どうするんだ」
「行くよ。でも……危ないかな?」
 そういってレカードはティーフェンを見る。少し戸惑っているようだった。決まりが悪そうに言う。
「正直、止めれるほどの確信はないし、でも何か起きたら助けれるかもわからない」
 ティーフェンも、不安そうな顔をしていた。「セラヴィスはどうするの?」
 片目の隠れた魔導師は、小さく首を横に振る。
「わたしはここで待つ。レカードが町の無事を確認してから、行くわ」
「……では、私もそうします」
 少し思案してから、ティーフェンはそう返事した。心配そうに付け加える。「二人とも気を付けて」
 レカードは頷いた後、グランの方へ視線を翻す。
「じゃあ、僕とグランで行こう。あのさ、グラン」
「何だ?」
 紅い瞳が、ひたりとグランの心に据えられる。一瞬だけ言いにくそうな様子を見せたが、繕わずに言うことを決めたようだった。
「本当に何も知らないの? どうして倒れなかったのか、なにひとつ心当たりが無いの?」
 眉を寄せた表情は険しいが、猜疑ではない、純粋な疑問の響きだった。しかし、グランの心臓は揺れる。音が聞こえるかと思うほどだった。ごとん、と鈍い音が。
「ない」
 そう答えるほかなかった。喉がひどく乾いて感じられた。
「まあそうだよね」レカードは軽い調子で返して言う。「行こう」
 声の軽さに反して、表情は人形のように硬く張り付いていた。

***

 門を開けると強い風が吹いた。谷間を抜けてゆく、南の気配を抱えた風。
 レカードの帽子の耳垂れが揺れる。
「人がいるな」
 町に入ると、小さな子供がひとり駆けているのが目に入った。
「うん」
 そう答えるレカードの声は硬いままだった。「でも、……近づいてみようか」
 子供との距離が、あと数歩というところまで縮まった。子供が気づいたようにこちらを振り返る。
 そして――グランの目の前でそのまま倒れた。
 二人は息を呑んだ。

 見ると、どこにでもいるような、小さな子供だった。わんぱく盛りなのだろう。あちこち小さく擦り傷なんかがあったが、そんなもので人は倒れたりしない。何より、今しがた駆けまわっているのを見たのだ。
 外傷もなく、苦悶する表情を浮かべることもなく、ただ倒れている。
 ――それは、最初に見たティーフェンに似ていた。
 レカードが重く呟く。
「グラン、機械を探そう」
「機械?」
「きみと僕が最初に会ったときに」レカードはこちらを向かないまま続ける。「僕が触れていた、あの石のことだよ」
 グランはその光景を、すぐに思い出すことが出来た。
 静謐な神殿と、透き通った巨大な鉱石。それに触れる少年、溢れる光。
「あれがないとどうにもならないから」
 ようやくこちらを向くものの、目を合わせない。少年のらしくない様子に、動揺しているのだと気づいた。
 勇気づけるような気持ちで答えた。
「わかった」
「頼んだよ、僕は向こうを見てくるから」
 そう言ってまた駆けていく。 こちらに背を向ける直前に一瞥した顔の紅い模様が、あまりに鮮やかに目に焼き付いた。

 グランはレカードが去った方向と反対に進み、石を探した。
 歩いてみると、シャタルはとても小さな町だった。北と南に国を分かつ山の谷間にある町と言うが、谷とは実際にはほとんど言えない。帝国創立の後に拓かれた土地なのだとティーフェンが言っていた。
 だからシャタルは、山の中に一か所窪みを作って門をつけた、そのような町なのだ。
 人と会うこともないまま、町の端近くまで来ると、ふと目当てのものが視界に飛び込んできた。グランは驚く。
「なんだ?」
 それは確かにあの時の石だった。しかし、あの時とは大きく異なっていた。
 まがまがしいまでに紅く染まっており、とても小さくなっていた。レカードの背丈の二倍ほどあった透明な石が、今はグランの腰の高さほどにも満たないのである。しかし、鮮やかに目を惹く紅色が、何かに似ていた。
 何より、グランは石はあの神殿の中にあるのだと思い込んでいたが、紅い石は地面にごろんと転がっている。
 疑問は多く浮かんだが、とにかくレカードを呼びに戻ることにした。
 そのとき。

 空気を切り裂く気配がした。はっと振り向くと大剣が目の前に迫っていた。思わず身を引いて後ずさる。
 剣を手にしているのは長身の男だった。後ろは束ねられているが、長い髪が片目を隠している。切れ長の鋭い瞳の色は深い青。
 その色を認めた瞬間、脳裏でけたたましく警鐘が鳴り出した。
「貴様か……!」
 男は怒りに満ちた低い声で言い、グランの足元を目掛け剣を下ろす。動転しながらもぎりぎりで避けた。グランには片手で振ることが出来ないであろう長さも重みもある剣は、ぶんと音を立てながら空を切った。
 頭が痛みに疼くのを感じはじめながらも、グランは己の剣に右手をかけた。
「剣?」
 男が気づき、いっそう表情を険しくする。
「ごまかしているつもりか!」
「何の話だ、おれは」
「魔道師がふざけた真似を! そんなもので騙されはせん、半年前と同じこの状況がすべてだ……!」
 怒りに染まった目に気圧される。頭が痛くて冷静になれなかった。己を奮い立たせる気持ちで声を張った。
「俺が魔道師だと、そんなわけないだろう!」
「ならばその剣で」男がすっと剣を構え直した。「受け止めてみろ!!」
 グランは素早く剣を引き抜いた。下ろされた大剣が額に迫るのを、己の剣で受け止めた。激しい金属音が響く。男が息を呑み剣にかかる力が抜けた一瞬が、やたらゆっくりと感じられた。
 剣を弾き返す派手な音がしたのを、彼はどこか他人の事のように聞いた。頭の中を、激しい頭痛ばかりが支配していたためだった。



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