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1-12


「何者だ、貴様」
 男が言った。剣先は下を向いているものの、柄を握る様子は油断ない。
「魔道師じゃないなら、何故……」
「グラン!」
 男の声に被さって、聞き覚えある声がした。走り寄る少年の姿が、男の後ろに見えた。
「来るな!」
 グランが制止を叫ぶと同時に男が後ろに振り返り、レカードを見据える。目が合ったらしいその途端に、レカードは足を止めた。
「……!」
 少年は信じられないものを見たというような表情を浮かべる。口が弱々しく動き、音にならない呟きがこぼれたのが見えた。語尾のあたりだけがなんとなくわかった。
 ――なんでここに、と言っているように見えた。
 グランは男の背中に体当たりする。くすんだ薄い青紫の長い髪が踊り、男の体制が崩れた。
「レカード、石だ。こっちまで来い!」
 はっと我に返った少年が駆け抜ける。後ろの男を気にしたまま。グランがレカードを庇うようにして間に立つと、男はすぐに大剣を向けた。比べれば華奢な片手剣を同じように構える。
「……駄目だグラン、その人と争っては!」
「なぜ!」
「いやだ、僕は……」一瞬言葉が詰まった。しがみつくようにして言う。「人が倒れるのは見たくない!」
「このまま逃げるわけにもいかないだろ!」
「失せろ!」
 男の剣が真っ直ぐに降りる。受け止めると手が痺れた。
「っ、時間は稼ぐから、早く石をどうにかしろ!」
 鍔ぜり合いをしては不利である。よく見ると顔は若いが、グランより力があるのは確かだった。
 一歩退いて、太刀をかわす。相手が剣を構え直す前にすかさず距離を詰める。後ろに回り込みながら、首筋を意識した。決して肌に触れず、しかしぎりぎりに刃を宛がう――そんな場面を。
 グランの片手剣が男の首に近付いたのと、男の剣がそれを弾いたのに時間差はなかった。衝撃で男の髪が揺れ、隠れて見えていなかった左目が一瞬だけ覗いた。泣き腫らしたような、果てない怒りに満たしたような、そんな紅色を見た気がした。
 その時、まばゆい光が辺りを包んだ。しばらく目も開けず、身構えたまま立ち尽くした。

「……う」
 我に返ったのは、呻くような声を聞いたからだった。光は消えていた。
 声の主である少年は、片膝をついて屈み込んでいる。
「レカード? 平気……」
 思わず声が途絶えた。グランは、さっきの光で目がおかしくなったのかと思った。レカードが胸を押さえているその指の隙間から光が放たれ、しかもそこから何かが出てきているように見えて。
 しかし夢ではなかった。やがて胸を離れたそれが地面に落ちる。小さな硬い石のかけらのようだった。紅く濁った、血の滴るような不吉な色だった。
 レカードがそれを拾い立とうとするのを制し、グランは屈んだまま剣を逆手に握り直す。
「――グラン?」
 レカードが怪訝そうに呟いたとき。
 グランは剣を下ろし、石を砕いた――串刺しに、心臓を貫くように。

***

 二人はしばらく、時間が止まったように動かなかった。男が時間を動かす。
「ついて来い。何をしたか聞かせてもらう」
 男の言葉に、弾かれたようにレカードが反論する。声には少し、動揺が表れていた。
「……何もしてない!」
「そんなこと」レカードを男が睨む。「関係ない、もともとおまえたちを捕まえるのが俺の務めだ」

 グランとレカードは町で最も大きな家に放り込まれた。とは言え、特に豪勢なものではない。これまでの町で見たものと比べると小さく質素だった。
 部屋の主は、グランとそう年齢の変わらない女だった。二人を眺めた後、出て行こうとする男に向かって声をかける。
「ありがとう。……この二人だけなの?」
「知らん」
「もう」ため息をつきながら二人に向き直る。「あなたたち、連れはいますか?」
 冷静な声だった。詰ったり、怒りに取り乱したりするような気配は無い。
 グランはレカードが返すかと思い無言でいた。しかし、隣に座る少年は何事も言わない。それを察し、不自然な沈黙の後に返答した。
「いるが、多分あいつらは関係ない」
「いるんですね」
 グランの声よりも張りのある女の声が、語尾を奪うように重なる。
「どちらに? 町の外ですか」
 仕方ないので、グランは浅くうなずいた。
「よろしくね」
 女がそう言って、背後の男を振り返る。男の青い目は気だるげだった。ため息を零す代わりのように、そして肯定の代わりのように、一度ゆっくりと目を閉じる。そして少々乱暴に扉を開けて出て行った。
 そうしてしばらく沈黙が続いた後。
「……あのっ、さっきの人は何者なの?」
 堪り兼ねたようにレカードが口を開いた。普段に比べればずっと弱々しい声だったが、何か切羽詰まっているような様子も感じた。
 茶髪の女性は、それを無表情に受け止めてから口を開く。
「申し訳ないですが、尋ねるのは私の方です。あなた方の連れがいらしたら、訊きたいことがありますがよろしいですか?」
 無理に従わせる口調ではなかった。しかし、その声に篭る強い意思が、こちらの反論する気を挫く。
「あんたは何者なんだ、それは良いだろう」
 女は頷く。
「私はここの長の娘です。ジュスと言います」
 言いながら見返してくるジュスの目が、こちらの名前を問うていることがわかった。グランは一瞬迷い、自分の名前だけ伝えた。
 レカードは隣に座って身動ぎひとつせず、魂が抜けたように無表情のままだった。
 そうしてまたしばらく沈黙した。次にその均衡が破られたのは、ティーフェンとセラヴィスが現れた後だった。



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