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1-13


 ジュスは、何と切り出すか一瞬迷った素振りを見せた。
「私は搦め手のようなことは苦手ですので、率直に言いますが」顔を上げて四人を見据えた。「半年前の事故はあなた方が?」
 グランはセラヴィスを窺いたい気持ちを堪える。答える言葉を持つとすれば彼女しかいなかったけれど、それは強制させて良いものではないだろうと、何となく思っていた。
「そうであった時は、どうするつもりですか? 南へ行きたいのです。通してくれなくはなりますか?」
 ティーフェンが問う。ジュスは、少し考えるようにしてから答えた。
「その権限は私にはありませんから、そんなことにはなりません。ですが、事の経緯の説明はしていただきます」
 ジュスは、一息置いた。ちょっと瞳が揺らいだ。
「半年前……南から北へと、通った人がいました。パニティレイムからロヴェグへ。おそらく魔導師なのでしょう」
 その双眸がセラヴィスへと向く。
「あなたは魔導師ですね。半年前の人物を、誰も見てはいません。ですが私はあなたなのではと思っています」
 答えを待つように辺りが静かになる。
 間をおいてから、魔導師は僅かに頷いた。感情に乏しいその表情は変わらない。
「半年前のことは、きっと私。でも今日は私は外にいた」
「外にいればこのようなことは起きないということですか? 何か知っているのですか」
「セラヴィスは知らない! 僕が話すよ」
 レカードが割り込んだ。グランが一瞥すると、その目に光が戻っていた。先ほどまで身動ぎひとつせず、焦点の合わない目をしていたというのに。グランは少し安堵した。
 視線がレカードに集中する。レカードは、「何を言えばいいかな」と困惑した。
 そして少し思案して、ひとつ息を吸ってから、おもむろに口を開く。

「……この世には、ひとの意識をなくしたり、気分を昂ぶらせたりするものがある。目には見えないんだ。空気みたいに、混ざっている。少しの量だと、興奮させる。たくさんになってくると、倒れる」
 グランが思っていたよりずっと落ち着いた口調だった。
「僕は、それを『キア』って呼んでる」
「キア……」
 ジュスがぽつりと復唱した。レカードが頷いた。
「ここにはキアが立ち込めていた。倒れて当然だってくらいだよ。でもキアっていうのは……何ていうのか、それ自体は動かないんだ。動かしたら、その刺激で人が倒れたりするんだけど。どんなに濃いキアがそこにあっても、じっとしている間は人が倒れることはない」
「では、それが動いたから半年前のようなことになったのですね」
「それがセラヴィスだったかわからないけど、魔導師っていうのがそれを動かすらしいのは、たぶん本当」
 押し黙って聞いていたティーフェンが口を開く。
「今は……どうなっているの?」
「平気。キアは消えるから」
 グランは脳裏に思い浮かべる。
 レカードが石に触れて光が放たれた。不可視の何かが消え、代わりにあの禍々しい石が現れた。
 ――そして俺は、それを。
 思い至ると、胸が重く塞いだ。
「何で出来るかは別として、僕はキアを消せる」
 グランの硬い表情など気づかずに、レカードは語っていた。
「一度消えたあとに、再び満ちるということは?」
「わからない。どこから来ているのか知らないから。ただ……」
 レカードが言い止す。グランは、石のことを言うのか迷っているのだとわかった。
 あの光と、紅く濁った石と引き換えなのか、レカードが「機械」と呼んだ方の石は消えてしまった。初めて会ったときはそんなことはなかったのに。
 もしここが再びキアに呑まれたとしても、機械が無くなってしまったからには、もうキアを除くことは出来ないのではないか。
「そうですか……私にはどうしようもないのですね」
 レカードは口を結び、居たたまれなさそうにした。しかしそれについては何も口にせず、呟くように言った。
「……キアを動かすのは魔導師だけじゃなくて、たまにだけど、すごく怒ったりするのもそうみたいなんだけど……半年間、ここは何もなかったの?」
 ジュスは目を伏せた。悲しみも怒りもわからない表情だった。
「ここは……そういうところなの。国境とは思えないでしょう? 二国が開かれているのは本当ですが、ここは人が訪れる場所ではないのです。沈黙を戒律に、ただあの紅いものにぼんやりと囚われながら過ごすだけ」
「紅いもの?」
 ティーフェンが目を向けた。薄く開いたジュスの目は遠くを見据えていた。
「キアが晴れた今ならばわかります。ここにはずっと、空気を紅く色づけるものがあった。あれがキア……私たちの意識をまどろみに落とす、紅く語りかける気体。あの紅い世界が当然だと思っていたのに、晴れてみれば。なんて……」
 語尾が震え、胸を劈くようなやるせない悔恨がにじむ。
「この世は透き通っているの……」
 ジュノは深く動揺していた。その姿に誰も、かける言葉を見つけられなかった。
 ティーフェンがそっとレカードに尋ねる。
「あなたはどうするの? パニティレイムには……」
 少し間が開いた。レカードはセラヴィスの方に向き直り、硬い声で言う。
「セラヴィスは行くんでしょ」
 尋ねた相手が返答するのを待つまでもなく、「僕も行く」と少年は言った。
 ティーフェンは頷いてから、グランに向き合う。
 その一瞬、グランは気が遠くなりかけた。こちらを見たティーフェンの瞳が、己の奥底に閉じ込めたものを引きずり出すような気がした。全身をめぐる血の色に酔いそうだった。喉がつかえて言葉が出ない。なのに、頭痛はしない。
 ――なんて残酷に優しいのだ、と思う。いっそ恐怖に呑みこむような色であれば良かった。そんなことは決してしないオレンジの目が、しかし胸の内を浸食する。恐れていた言葉が、食い込んで。
「グラン、あなたは……ともに行く?」



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