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1-14


 物見台から町を見下ろす。グランの目に映るシャタルは、キアが立ち込めていてもそうでなくても、何一つ変わらなかった。
 相変わらず静かで、外を走るのは先ほども見た子供だけ。風の抜ける音さえどこか欠けたような寂しさを孕んでいる気がした。
 この町は夕日に照らされても、まるで変化がない。眠っているかのような町。
 グランは、門の上部に付けられた物見台からぼんやりと町を俯瞰した。

 ――俺はどうするのか、なんて。

 考えようとするといつも頭が締め付けられるように痛みに疼いた。心が、だったのかもしれない。その痛みが最近になって影をひそめるようになり、脳裏にちらつく光景もその色が薄くなった。
 だけどそれだけだ。考える勇気を結局持てずにいる。
 頭の痛みなど逃げるための理由でしかなかったのだと気づいたら、自分がとても情けなく思えた。
「わかるもんか……」
 柵についた腕に顔をうずめ、ため息交じりにささめいた。
 ふと気づくと、下から石段を踏みしめる硬質な音が聞こえた。ティーフェンが上ってきていた。

 ティーフェンは、平時と同じように目を細めて言う。
「稜線に交じる夕日が綺麗だと、ジュスさんに伺ったから……見に来たの」
 返答を求めない言葉に、グランは気遣いを感じた。同時に、夕日に染まるその顔が少し、憂いを帯びているような気がした。
「――彼女は、この夕日の紅さを見ていたから、この場所が紅いことに気付かなかったのかもしれないと、言ったわ」
 紅いという単語が、グランの中ではいやに怪しく響く。ティーフェンは気付いているのかいないのか、さらりと言葉をつなぐ。
「それから、たぶん気を遣われてしまって」
「え?」
「ジュスさんに。レカードがね、とても混乱しているようなの。放っておけないけど、そばにいて何が出来るわけでもなかったから。外に出てきたらどうかって教えてくださったのよ」
「……レカード?」
 ティーフェンは控えめにうなずく。
 グランの脳裏には、帽子をたなびかせる、快活な少年の姿が浮かんだ。混乱している?
「さっきはそんなことなかったじゃないか……」
「ええ。だけど、本当よ」
 夕日に目を眇める横顔はどこか表情が扁平で、グランは何となく苦しい。ティーフェンが笑わないのは、混乱しているというレカードと二重になって心を穿つ。
「グラン、あのね……」ティーフェンがそっと、息を継ぐ。「レカードはきっと、あなたを引きずってでもパニティレイムへ連れて行くと思うわ」
 同じように息を吸おうとして、失敗した。上手く入らなかった空気が、ひゅっとかすかな歪んだ音になる。
「……なぜ」
「あなたのことを考えて、あのようになっているみたいだから。……もちろん私にはわからないのだけれど……そんな風に見えるの」
 何があったのかと、言外に問われているような気がしたのは、グランの心の中にその疑問が張り付いていたからだろうか。
 脳裏のレカードが、笑みを浮かべたまま問いかけてくる。

 なぜあんなことをしたの、グラン。
 なぜ、石を砕くなんて、そのせいで僕はすごく戸惑っているんだよ?

「きっとそうだ。俺がしたことをレカードは理解していないから、混乱してるんだ。……俺だってわからないのに……」
 後ろめたくて逃げ出したい、だけど脳裏の紅い瞳が、そしてそれ以上に目の前にいるティーフェンの柑子色の瞳が、それを許さない。いつの間にこんなにもその瞳にとらわれてしまったのか、まったく気付いていなかった。
 ティーフェンが微笑む。それを見てグランはどうしようもなく安堵して、そんな自分にまた戸惑う。
「それからね、グラン。私もひとつ気になっていることがあるの、あなたについて」
「……なんだ?」
「そうね、パニティレイムへ行ったら言うわ」
 そうしていたずらっぽく笑みを深めた。グランもつられて口元を緩める。そのくせ、目頭がなんだか熱くて、気を抜くとくしゃくしゃに歪んだ顔をしてしまいそうだった。

「……なあ、ティーフェンはなぜ行くんだ。杖を届けるというのはそんなに大事なのか。俺は、いざ考えてみると行く理由が見当たらない……引っ張られていくとしてもいいけど」
 グランがとつとつと言葉を零す。
 少しの間があってからティーフェンが言った。
「確かに杖を届けることは、そうするように言われたというだけのこととも言えるわ。でも考えてみて」
 一瞥すると、困ったように口の端にわずかな笑みを乗せたティーフェンがこちらを見ている。
 僅かに下がった眉と、ほとんど弧になっていない口元が、自嘲のようにもとれるあいまいな表情だった。
「私が行くようにと言われることなんて、ないことのはずなのよ。わかるでしょう? わざわざ兵士をつけなければならないような私が、しかもその兵士を振り切って旅をしなければならなかった理由。それがパニティレイムにあると私は信じなければいけないわ」
「理由?」
 グランは、ティーフェンの浮かべるそれは無表情な笑みなのだと、確信した。彼女はおそらくいつだって笑うようにしてきたのだとなぜかそれがわかった。
 その表情のままティーフェンは言う。その声は消えそうに小さく、同時に深くグランの耳を打った。
「……自分が何者なのかわからないと思っていることがあるの。私はきっとあなたには、なにひとつ変わったところのない人間に見えているのでしょうけれど。それでも。私もわからないことがあるわ」
 そして、こちらを見る瞳の慈悲とも憐みともつかない色が、グランを捉えた。
「あなたもきっとそうでしょう? 今は答えがないことを知っていながら、自分が何者かと、そう自分に問うているのではない?」
 グランは絶句した。何か抜けおちたような表情のまま、ただティーフェンを見つめ、その言葉に耳を寄せた。
「理由なんて、あとからいくらでも見えてくるわ。どうか……あなたも共に行きましょう。ここで引き返したら、また自分に訊き続けることしか出来なくなるわ」
 僅かに痛切さの滲んだ声色は、どこかで聞いたものに似ていると思った。
 自分は何者かと問う声。
 それは、心の中に響いていた寂しさに似ている。
 それに思い至ってグランは、自分が砂漠の国へ行こうと思っていることに気が付いた。この悲愴な声は、聴きたくない声だった。この声を聴かないために、南の国へと行き、もう自問することをやめるのだと、それは確信だった。



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