BACK NEXT TOP


2-10


「グラン。レイデスから話を聞きましたか?」
 日暮れの頃、ひょいと現れてリタリダが言う。夕餉を片手に持っていた。この孤立した砂漠の中どのようにしているのか不明だが、彼女が諸々を整えてくれていた。それ故なのか、用を伴わない彼女を見たことはない。
「聞いた」
「そう。改めて、よろしくお願いしますね。……どうかしたんですか?」
 ベッドに腰掛けるグランの表情は暗かった。
「いや」と否定しながらも、やはり俺はわかりやすいのか、などといつかの宿で感じたことを思い出す。
 自分の中に渦巻くものを一番わかっていないのは、ひょっとして自分だけなのかもしれない。浮かび上がったそんな思いを掃うように、言葉を口にした。
「魔力と言うのは、目に見えるものなのか。その……レカードがキアを見ているように」
 リタリダは、思わぬ問いに目を丸める。セラヴィスに全く似ておらず、やはりティーフェンの方が近いような、明るい茶色をした目だ。
 夕餉を机に置いてから答えた。
「あの水の塊のように細工をしないと魔力が見えることはありません、あえて言えば感じるものです。彼は見ているんですか?」
「見てるのかは知らないが、レカードはいつも、紅いと言う」
 本心の見えぬ物言いをするグランに対し、リタリダは相槌ともため息ともつかない音をひとつ洩らす。
「何に悩んでいるんです?」
 グランの中でまた一つ、惑いが渦を巻く。
「俺はどう見えているのかと思って」
「レカードに聞けばいいのでは? 彼が何か言ったことは無いんですか」
「確か……」グランは記憶を遡った。「白い、と言ったことがあった」
 オアシスで紅いへびのような形のものが現れた時に、そう言って押し出された記憶があった。
「……あいつの不安がうつったか」
 ため息交じりに言ったグランを見るリタリダの眼差しは、世話の焼ける弟を見ているかのようだった。
「ふふ、意外と繊細なんですね、行く先が心配。ティーフェンには私から声をかけておきますよ。あなたが守ればいいだけですから」
「へ?」
 何をどう聞いてその答えとなったのだ、と言う代わりに、間抜けな声が出た。
「あなたにはティーフェンをつけていた方が、良さそうだし」リタリダは答えにならない答えを重ねる。「何色であれ、あなたはみんなを助けてくれた。私にとっては色よりも、それがあなたらしく見えますよ」
 グランが言葉を返せないうちに、リタリダは続けた。
「セラヴィスを無事にここへ返してくれて……本当にありがとうございます」
 リタリダはしゃがんで目線を同じ高さに合わせ、グランを覗き込む。
「あいつなら俺がいなくたって……」合点のいかぬ言葉に、情けない反論をする。
「きっとそうですけど」反論は苦笑に吸い込まれて消えた。「あんな姉だからこそ異国は危険なの」  魔法で解決できることなんてほとんど無いんですから。
 やはり合点はいかなかったが、グランは視線を落として黙る。
「さあ、とにかく食べて下さいね。それから一応、武器も手入れをしておいてください」
「え」
 再び目を向けるがリタリダはさっと立ち上がる。視線は交差しなかった。
「深く気にしないでください、私がそうしておいてほしいだけですから」
 去り際に一瞬振り向いて、にこり微笑むとそう残した。

 ワープの魔法は、魔法が仕掛けられた特定の地点にしか行けないものである。そして魔啓の塔の魔法陣は、キアの支配下にあって封じられている。リタリダはそう述べた。
 その意味するところはグランにもわかった。塔に最も近い所まで魔法で移動したとて、後はそれなりの道のりを、淡々と歩くしかないということであった。
「でもそんなにかかりませんよ。私も砂漠歩きは得意でありませんけど」
「そうなの?」
「ええ。人はオアシスの周辺にしか住まないし、そういう所にはワープを設置していますから」
 リタリダは、ワープで国のあちこちに飛んでは綻びを点検する役目を負っているようだった。尤も、何が綻びどんな点検がいるのか、グランには皆目見当もつかなかった。
「道中、訊きたいことがあれば何でもどうぞ。気負わず行きましょう」
 リタリダは、三人の足元に向けて手をふわりと動かした。
「わっ」
 足元に風が舞い、足を取る砂が払われる。リタリダは続けてその手を軽く握りしめた。
「あ、風が……」
 今度は体中、細かく砂が肌に当たる感覚が無くなった。風が止んだのだった。足元だけは、砂が形を変え続けていた。
「これで歩きやすくなるでしょう?」
「すごい! 魔法ってこういうものなんだね」
 レカードが声を上げた。リタリダが相好を崩す。
「褒めてもらえて光栄だわ。そう、これが魔法。身の回りのほんの僅かな手助けなんですよ。風の魔法は砂嵐から身を守るし、火の魔法は寒い夜に熱と灯りをもたらす。そんな風に活用するのが魔法のほとんどなの」
「セラヴィスも火を作っていたな」
 グランがふと口にすると、リタリダが反応する。
「え? 使っていたんですか? 一応、飾りをつけていたでしょう」
「え、ああ」思いもよらない返事に、一瞬言いよどむ。「確か、何度か」
「そういえば……あの飾りをつけていても、魔法は使えるのね」
「ああ、そのことを話さないとなりませんね」
 ティーフェンの言葉にリタリダがひたと視線を据え、一瞬の間の後に告げる。
「前提として言うと。セラヴィスが砦に残っているのは、治療のためです」



BACK NEXT TOP


Copyright(c) 2015 幸天つばさ all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-