BACK NEXT TOP


2-14


 海のような青い瞳の青年は、そこらじゅう断末魔と血の海で支配したのちに、再びグランの前に現れた。グランの剣は赤黒い血にまみれて、グランがかつて見たことのない、ぬらりとした鈍い輝きを放っていた。
 青年と視線がかち合う。剣呑な光を滲ませた瞳は、やはりひとを溺れさせるものであった。彼の握る剣ではなく、瞳が怖いのだ。
 思わず視線を落としたところに、もう一振りの剣を認める。青年自身が腰に吊っている剣だった。鞘は返り血にまみれていたが、使わなかったのであろうことが目に見えた。
 そうか、剣士なのか。だからこんなに鮮やかに、血の海が作れる。と、見当違いの感慨を覚える。
 青年が距離を詰めてくる。
「悪趣味な檻だった」吐き捨てて、グランを飛び越えて視線をやる。「ほら。外が見えるだろう?」
 威圧感の無い問いかけに、グランは思わず視線の先を追う。
 それまで通れるとも感じたことのなかった道があることに、ふと気づいた。固まっていると、肩越しにすぐ近くから声がする。「外へ行け」
 その距離が不気味で恐怖が戻り、怒りがこみ上げた。
「おまえは……」声が震える。「何者なんだ。殺して、何をした!」
 慄きながらも振り返り、掴みかかった。
 青年はにやりと笑う。降ろしていた剣をするりと逆手に構えなおした。
 ――しまった、殺される。
 そう感じた次の瞬間、掴んだ手に伝わる感覚が重たくなった。わずかなうめき声を聞いた気がしてグランがはっと気を取り戻すやいなや、青年が倒れる。グランも引っ張られて倒れこんだ。
 夢中で体を起こすと、起こったことが目に映った。反射的に吸い込んだ息は、喉を裂くようだった。
 倒れた青年の腹は、見慣れた剣に貫かれている。

 グランはたどたどしく記憶をたどっては、なんとか説明する言葉を作った。
「とにかく、だから何もしていない」
 記憶の底に沈んだ死体を改めて見下ろして、何もできなかった、とも言いたかった。
 ふうん、とキメリアが冷たく目を細めた。
「奇矯だね」口の端を上げて吐くと、しばしグランの表情を見定め、言葉をつづけた。「でもまあ、いいよ。今迫っていることは、それを明らかにすることではないし」
 レカードが肩から息を吐いた。グランよりもよほど張りつめていたかのような動作を見て、グランもつられて少し体が弛緩した。
 対してリタリダは眉根を寄せたままだ。
「あの。話は終わりましたね、あなたのことこそお教えください。この地を守るものとして、見過ごせません」
 キメリアの表情はどこか悠然として見えた。
「そうだね。僕はキメリア。……まず、ここにいる経緯を話そう。レカード、塔の中でのことを彼女らに伝えてくれるかい」
 レカードが諾し、簡単に語る。レカードの言葉にうなずいてキメリアは続きを口にした。
「塔の中にいた女性は、ユエレという。僕の古い友人だ。彼女の怒りを買って、塔までワープで連れてこられ、放り出された。頭を冷やした彼女が迎えにきたところだったんだけど」グランを一瞥する。「不運にも、更なる怒りを買ってしまった。とうとう帰れないというわけだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。その方は魔道士なのですか? いえ、そうだとしても魔啓の塔には到底入れたものではないはず」
 レカードが同意した。「だって、この塔にはキアが。そのために僕来たんだよ」
「本当のことだ」キメリアは一切の言葉を受け付けず、言い切る。「僕に言えるのはそれだけだ。それより、塔のキアを処理しに来たということなんだろ? ユエレのことよりそちらを考えたほうが良いんじゃないか」
 キメリアの紅い目には何事をも透かす様子がなかった。
「レカード。塔のキアをはらうことは出来そうでしたか?」
 リタリダはキメリアを誰何することを切り上げて尋ねる。レカードはうーんと呻吟した。
「あのね。そもそもよく考えたら、塔には機械……キアを処理する石のことなんだけど、それがなかった。少しなら何とかなるにしても、こんなに大量だと、どうしたらいいか……」
 眉を寄せるレカードを、キメリアがしばし見つめる。そして平然と告げた。
「機械なんてなくても、どうとでもなるよ」
「えっ! そう、なの?」
 キメリアは小さくうなずく。
「塔のキアをはらうことはできる」
「じゃあやらなきゃ。さあ行こ」レカードが目を光らせた。今度はグランの背を押すことはなかったが、やはり道連れと言わんばかり腕をつかむ。
 レカードとグランに少し遅れて、キメリアが踵を返そうとする。
 そこに、柑子の色の視線がささった。
「何か?」キメリアは紅い目を合わせて、ティーフェンに返す。ティーフェンははっとしたように頭を下げてから、おずおずと切り出す。
「あの……失礼ですが、もしかしてどちらかでお会いしていましたか?」
「え?」
 リタリダが言葉の意味を問うようにティーフェンを見つめても、ティーフェンはキメリアから視線を外さなかった。
「さあ、どうだろう」
 キメリアはそれだけ返し、長い髪を砂漠の風にたなびかせた。

 三人で魔啓の塔へ戻ると、レカードはさっそくキメリアに教えを乞う。キメリアは警戒するような視線で、内部を改めて見渡した。「まあ、仕方ないね」意味をとれない言葉を零しながらレカードの方を向く。ゆっくりと近づいた。
「僕はきみに、キアのことをごく僅かしか教えたくなかった。身を守る以上のことは何もね。……だがもう、そうも言っていられないね」
 レカードの後ろへ立って肩に手を置くと、キメリアは肩越しに説く。
「本当はきみは、キアを自在に扱うことができる。そのことに気づき、訓練さえすえば」
 レカードが息を飲み込んだ。
 それからいくつか、グランには理解できないことを教え示して、キメリアはレカードの肩を軽く叩いた。
 レカードは瞑目し、すうと深く呼吸をする。
 はじめは、ほのかにそよ風が吹いた。
 徐々に、キアにまみれた空気に、じんわりと風が波動を伝えていく。やがてわずかな変化が、だんだんと大きな振動を作り出した。グランもレカードが起こしている何事かを、軽微ながら体感した。
 レカードは緊張した表情を、だんだんと苦痛が混ざったものにゆがめていく。キメリアがじっとその表情を注視していた。
 森閑とした塔の中、まるでレカードの周りだけが時を刻んでいるようだった。
 その刹那。時計が日をまたいだかのように、明確な変化が生じた。
「うわっ!」
 レカードを中心に暴風が生まれ、キメリアも巻き込んでいっぺんに煽られる。大きく後退して体制を崩した。膝をつきながらキメリアが風の中心へいち早く目を向け、「やはり」と口の形だけ動かした。
 グランも焦りながら視線を合わせた。
 風は凝り、色を宿し始めている。思わず音が口を衝いて出た。
「これは」
「――なれのはてだ」
 キメリアの堅い声が飛んできた。聞き覚えの無い名称であった。が、目に入るものには覚えがあった。
 紅い空気の塊だ。
 グランは気を引き締めて、柄に手をかける。キメリアの声が再び鋭く飛ぶ。
「斬るつもりかっ?」
「以前もそうした!」
 グランも反射的に叫び返すと、キメリアはいささか驚いた顔をした。そこにレカードが割り入る。苦しそうな表情で声を張った。
「でもグラン! かなり、大きいよ」
 風はどんどんと吹きだまって、形を増していく。巨大な雲のように質量を作り出していた。
「確かに、」
「レカードの言う通りだ。とにかく出るよ」
 キメリアがレカードの手を引いて駆け出す。グランを追い越す時に視線を合わせて「きみもだ!」と言い残した。グランも慌てて後を追った。



BACK NEXT TOP


Copyright(c) 2016 幸天つばさ all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-