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2-4


「この地は一面砂漠ですから。水を得ることが一番大切で、同時に難しいことです」
 実験の準備を始める前に、リタリダはとつとつと言った。脈絡のない言葉だった。
「このようにオアシスがある場所はとても少なくて、どんどん減ってきているのです」
「私たちは魔法を、生活のためだけに使います」
「だけど水の魔法を使えるのは、私たちの王だけ。他はみな火か風を呼び起こすことしか出来ない」
 しかしその言葉の欠片をティーフェンは繋ぎ合わせて、グランにそっと伝えたのだった。
「たぶん水を得るための実験をするということだと思うわ」
 その結論が彼女の叡智によるものなのか、それとも己の知らない情報を彼女は持っているからなのか。グランにはそれさえも見当がつかなかった。いずれにせよ彼女の予想は当たりであるらしく、セラヴィスは小さく頷いてからリタリダの元へと寄って行った。
 町からほんの少し離れて、不思議と一面なだらかな土地が見えた。その砂に絵を描くように、セラヴィスは何やら模様を刻む。残された三人はひたすら眺めるしかない。
 模様には見覚えがあった。ティーフェンの持っていた杖に刻まれていた紋章のような記号だ。

 二人の魔道師をじっと見つめながら、レカードは眉をしかめている。やがて言う。
「ティーフェン、あの杖について何か知らないの? あれは魔道師のもの?」
 どことなく焦燥を滲ませていた。ティーフェンはその様子の方が気になったようだったが、質問への答えを先に返す。
「あれはおじ様に託されて、この国へ……レイデス様へ渡すために持ってきたものだから。きっとそうだわ。レカード、どうしたの」
 紋章を書き終え、二人の魔道師がその傍に立って何事かをしていた。
 その様子を睨みつけたままレカードは早口に零した。
「なんか落ち着かない。この国にキアはないのに」
 グランが何だって、と聞き返す前に実験が始まり、円形の紋章を中心に一瞬光って、そこから球体が浮かび上がる。まるで水そのものを丸く形作ったような、瑞々しい輝きを感じる球体だった。衝撃を与えれば崩れて、水があたり一面に満ちていくのではないかと思うような。つい目を奪われた。返そうと思っていた言葉は途切れた。
 そしてそれがはじけた。水はあふれない。
「!」
 それに代わって中から出てきたものに、レカードがいち早く反応し、叫んだ。
「危ない!」
 紅い空気を凝らせて作ったかのような「何か」が目の前に現れていた。
 息を呑んだグランの背中が衝かれた。レカードが彼の背中を押したのだった。
「なんだ」
「危ないんだ、あれは。ティーフェンは町まで逃げて!」
 グランを押し出しながら、レカードの関心はティーフェンに向いていた。
「なんで俺を押す!」
「きみは平気じゃないか! あれはキアだ。きみは白い、あれを退治できるんだから」
 言い捨てると、再びレカードはティーフェンの名を呼ぶ。彼の視線の先でティーフェンは頭を横へ振った。
「ごめんなさいレカード、私は見なければ」
 あまりに端的な言葉が彼女らしくなく、その迫力が、意味も通じなかった言葉に対するそれ以上の言及を妨げた。
 レカードが焦ったように彼女から視線を外したあとでティーフェンは音もなく言う。
「グランが戦うのならば、私は見なければ」
 グランは、キアのことならなおさらレカードが出る幕だろうだろうと言いかけて、やはりそれも途切れた。レカードよりも、ティーフェンに圧されたのだった。

 鞘が重いのは、以前もどこかの町であった感覚だった。最もその時とは比べものではない。
 へびのようにうねるそれは、確かにそこにあってグランの目に捉えることが出来る。しかし、実体があるのかどうしても疑わずにはいられない。輪郭が薄く、物体としての質量のようなものがまだらだった。
 魔道師二人に割り込むように近づいて、彼女らも退避させる。
 血が沸くような紅がそこにある。
 剣を抜くと、鞘を握るに必要である以上の力が右手にこもる。「へび」は、僅かに宙に浮いてくるくると形を変え続けていた。剣を構えて動きを見る。こちらに向かってくる気はしなかった。
 己を害するのかもわからない得体のしれない存在に、しかしレカードは「退治」と言った。この空気のような存在を危険だと言い、切り捨てることを求めた。
 グラン自身不思議なことに、それに何の疑問も抱かなかった。身に覚えがあった。

 紅く濁った、血の滴るような不吉な色の、小さな硬い石のかけらのようなそれ。
 それを、心臓を貫くような心地で、砕いた。

 ――シャタルで小さな石に感じた感覚と、この空気に感じる感覚が重なっている。破壊的な感情を刺激し、ただ壊せと語りかけるような紅を前に、以前は何を考えるまでもなく貫いていた。
 彼がそれを自覚した瞬間、くるくると踊るばかりだった「へび」はようやくグランの姿を認めたかのように彼に向かい、そして同時に彼は対峙するそれを切り捨てた。
 輪郭さえおぼろだというのに、あの時と同じ、心臓を貫くような心地を感じた。



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