BACK NEXT TOP


2-5


 急速に熱がひく。退くというよりは、奪われるという感覚だった。
 ああまた、この紅に踊らされた。グランは言いようのない感情に襲われる。不気味な気体への恐れと、操られたような己の不甲斐なさと、あまりに急性な反応に対する気後れがない交ぜになっていた。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか、グランさん」
 リタリダが駆け寄った。グランの体や剣を一通り見やり、無事を確認する。グランも頷くだけの返事をした。
「これはなぜ……」
 リタリダはすぐにでも起こったことへの考えを巡らせたいようだった。その思索の世界を遮るように、セラヴィスは妹の名を呼んだ。
「リタリダ、すぐにレイデスの元へ行くの。わかるでしょう」
 姉の言葉に、妹ははっとしたようだった。
「あ、ええ……そうね」
 リタリダの返事を聞く前にセラヴィスは引き返していた。どこへ行くのと問う目を向けたレカードに、後姿で呟く。
「町にワープの仕組みがある」
 セラヴィスを追うようにリタリダが少し駆けた。グランに申し訳なさそうな表情を向ける。
「本当にすみません……助かりました。姉があなたを連れて来た理由がわかります」
 俺にはわからない。
 そう返す間もなく、リタリダも後姿になっていた。仕方ないのでグランも後に続いて町へ歩みを向けると、こちらを見つめて動かないティーフェンに気づく。
「ティーフェン? どうしたんだ」
「……い、いいえ」
 魂が抜けたような乾いた返事がグランの表面を滑って消えた。ティーフェンの視線は、グランの左の脇腹辺り、吊り下げた剣に向いていた。
「まさか本当に武器が怖いのか?」
 いつだったか、兵士から隠れる言い訳にそんなようなことを言っていたと思い出す。しかしティーフェンの反応は鈍かった。相当だなとグランは思った。
「とにかく、戻るぞ」
「待ってグラン。手を……」
「手?」
 意識が戻ったかのようにはっきりと言ったから、反射的に従った。
「手がどうした?」差し出した右手を、ティーフェンは変わらず見つめている。
 戸惑いか、躊躇いか、そのような遠慮じみたものを感じた。何か言いたいことかやりたいことがあって、きっと彼女はそんな己を咎めている。何故だかそれが伝わった。グランはどう応えるか少し考える。
「……行こう、悩むならとりあえず着いてからにしたらどうだ」
 どうせそれ以上彼女の考えがわかるはずもないのだ。
 グランは早々と答えを出すことを諦めて、ティーフェンの手を取ることを選んだ。
「え……グラン、あの」
 途端にティーフェンが紅くなる。虚を衝かれたというだけでは無い表情が、既に姿を翻していたグランには見えたはずもなかった。

***

「ワープというのは、空間を一瞬で飛ぶ魔法です」
 オアシスの近くには、短い草に隠されるように魔法陣が描かれていた。さほど大きくない陣の中に、五人で身を寄せ合うようにして立つ。
「魔力の流れを利用するのですが……あなたたちは魔導師ではありませんから。私たちと固く手を結んでください。目を開けていると気が狂うような景色を見ることがありますから、目をつむって、絶対に手を離さずにいてくださいね」
「だ、大丈夫なの?」
 レカードの問いに、リタリダは弱ったようだった。
「……正直、魔導師でない方と共に使ったことはありませんけど……」
「問題ないわ」
 セラヴィスは強硬だった。語尾を引き継ぐようにつなげる。
「まあ、セラヴィスがこう言っていますから」
 リタリダは、寡黙で考えの読めない姉のことを信頼しているようだった。もしくは肉親には、何か他人には伝わらない繋がりがあるのかもしれない。グランにはよくわからなかった。
「では、いきますよ!」
 魔導師二人がグランたちの手を取り、目を瞑るように指示をした。同時に、空間が歪むような感覚に襲われた。

 体が捻じれ、引っ張られ、つぶされる。むちゃくちゃな感覚は、一瞬であり永遠でもあるように感じた。
 それらの感覚がなくなったとき、砂漠の乾いた風を感じた。リタリダの声がする。
「どうぞ、目を開けてください」
 目を開けて、思わず己の体を眺める。ティーフェンとレカードも同じことをしていた。どこにも問題は無いことに胸を撫でおろして、それからようやく正面に目を向けた。
「大丈夫でしたね。よかったわ」リタリダはため息交じりだったが、改まったように続きを言う。「ようこそ、私たちの王の元へ」
 目の前には堅牢そうな作りの砦のような建物があった。茶色い煉瓦はオアシスにもあった建物と同じものだが、より年季が入っているように見える。古くからこの地に屹立していたのだと感じられる、うら寂しい砦だった。そう、城ではないのは明らかなのだ。ここには町も何も無い。
 三人は息を呑んで眺めた。周囲にはただ荒涼とした砂漠が広がるのみだ。どこをどう歩けば、どこへ辿りつくのか。ここは永遠に孤立している場所なのではないかと、あまりに途方のない景色にそんな錯覚をして、思わず背筋に何かが走ったのを感じた。
「想像と違いましたか?」
 リタリダが口元だけで笑った。
「それでもこの場所が、この地の中心ですよ」
 続いたリタリダの言葉に、ティーフェンが思わず振り返る。リタリダもティーフェンに向き直った。
「あなたたちはここに『国王』がいるからこそ、このただの砂漠さえ王国だと呼ぶのでしょう? ましてこの地……この国に生きるものが、果たしてここを『国』として意識しているかなど、知るはずもありませんものね……」
 名状しがたい感情を滲ませた言葉だった。そして、ティーフェンはそこから確かに何かを感じ取ったようだったが、惑うように緘黙して、言葉を何も返さない。するとリタリダはさっと表情を変え、今度は口先だけでなく、笑った。
「ごめんなさい、妙な事を言いました。確かにレイデスは――王はいます。どうぞお入りください」



BACK NEXT TOP


Copyright(c) 2012 幸天つばさ all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-