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2-7


「なんか、びっくりした……」
 ふう、と音を立ててレカードが息を吐いた。驚嘆が抜けきらない安堵の音だった。
「王様って。オーラみたいなのがある人なんだね」
「そうね、わたしも緊張してしまったわ」
 こわばった体をほぐすような動作をするレカードを見て、ティーフェンが目を細めて言った。
 レカードはティーフェンに向き直る。
「あのさ……その。ティーフェンのおじさんも、そうなの?」
 ティーフェンは、レカードの遠慮を滲ませた言い方に笑みを深めた。
「リドーラ様は……そうね、同じようにこちらは背筋が伸びるけど。レイデス様とは少し違うわ。もっと豪胆な感じの方よ……皇帝陛下はね」
 語尾には、笑みが乗っていなかった。続く言葉にも。
「隠していてごめんなさい、二人とも」
「そんな」
 頭を垂れたティーフェンにレカードがすり寄る。
「僕は全然! グランも何か言いなよ、ほらっ」
「は、え」
 レカードがティーフェンの顔を上げさせ、二人の顔がグランの方を向いた。瞳の色も、表情も、見知ったティーフェンのままだった。
 けれど。ティーフェンのことなど、自分はそもそもよく知らないのだとグランは思う。知り馴染んだように感じるティーフェンが、本当にティーフェンらしい部分なのか、グランには自信が無かった。ティーフェンは、笑みというグランにはただの一つの言葉でしか表すことの出来ないそれに、多彩なものを乗せるから。
 グランが言いよどんでいると、ティーフェンは眉を下げた。
「ごめんなさい、グラン」
「あ、いやそうじゃなくて」
 ティーフェンのしょげた様子と、非難がましいレカードの視線に刺され、グランは焦った。
「違う。驚いただけだ。ティーフェンは、その……よく、変わるから」
 グランの要領を得ない言葉に、レカードは不満げな表情のままだった。語尾を復唱する。「変わる?」
「えっと……印象が?」
 グランには、それ以上の言葉が作れなかった。ティーフェンはそれでも笑い、「ありがとう」そう言って続けた。
「私、きっとあなたたち二人にもう一つ言わなくてはならないわ」
 息を吸い直し、ティーフェンは言う。
「ロヴェグには皇女などいないのよ」
 二人が揃って目を開いたことに笑みを浮かべ、やはり知らなかったのねとティーフェンは言う。
「私は、レイデス様に申し上げたように……『ロヴェグ皇帝リドーラの姪』、それだけなの。だから……あなたたちに何と言って良いか、迷って、言えなかったの」
 自分が何者であれ、確証が持てない。自信を持って述べられない。
 グランは以前、シャタルへ抜ける手前の森で、ティーフェンがそんな風なことを言っていたのをよく覚えていた。自分よりよほど聡く見えるティーフェンに言いよどませる、その状況が印象的だと感じたのだった。篝火に照らされた、俯いた表情も。
 グランがそんな過去に思いを馳せていると、ティーフェンが声の色を変えた。
「それと……あなたたちは、気づいたかしら。レイデス様、手が――」
「三人とも! 用意が整いましたよ、こっちに来てください!」
 リタリダの言葉が砦の奥から聞こえて、ティーフェンは驚いたように言い止した。声から一瞬遅れて姿を現した。案内します、そんな言葉を続けて、魔導師の妹は三人を呼ぶ。リタリダの方に向き直るティーフェンは既に平静をまとっていた。

***

 砂漠の砦には、姉妹と王しか住んでいないとリタリダは言った。たった三人の住民に不釣合いに巨大な砦に、使われていない部屋はいくつもあった。魔法で呼び寄せた風が砂と埃を吹き飛ばしたらしい、まともな部屋を宛がわれたけれど、異国の部屋でひとりではやることもなかった。
 夜を明かして体の疲れがいくらか消えると、むしろグランの心は落ち着かなくなっていた。
 ――以前はどのように過ごしていただろう。
 陽が高くなるまで寝台に転がって、さすがに飽きた。寝そべったまま問いを頭に浮かべて、あまり響くような答えは浮かばなかったけれど、何一つ思い当らないわけではなかった。大きく息を吸い、吐くと同時に体を起こして剣を取る。すると。
「グラン?」
 ちょうどティーフェンが現れた。「剣を持って、どうしたの?」
「いや、暇だなと思って。そっちこそどうしたんだ」
「少し話をしたいと思ったのだけど……」躊躇う声に、グランは弁明した。「いや、暇なだけだから」
「いえ、そうではないの」
 慌てて同じ言葉を繰り返すグランに笑って、ティーフェンは言う。少しだけいたずらっぽく、柑子の瞳を光らせて。
「良かったら、ご一緒させて?」

***

「朝、レイデス様と話してきたの」
 砂漠の昼に雲は無かった。頭上から光と熱が照らす感覚に身を置いて、グランは鈍った頭が少し覚醒するのを感じた。
「困ってしまうようなお話だったわ」
 言葉のとおり、困ったような表情に眉を寄せる。グランも言葉に窮した。
「そうなのか」
「ええ。そうしていたらね、ふと思い出したの。パニティレイムについたらあなたに話すと言って、忘れていたわ」
「え? ……ああ」
 束の間を置いて言葉の意味を理解した。シャタルの夕陽の中で、そんなことを言っていた。
「確か、俺について気になっていることがある、だったか」
 ティーフェンは首肯した。
「自分のことは落ち着かなくて、考えがそれてしまうの。それでようやく思い出すなんて、私もいい加減なものね」
「それで、なんで一緒に来るなんて言うんだ」
 剣を振っている相手になど、落ち着いて話なんて出来ないだろうに。
「ちょうど良いと思ったからよ。ねえグラン、あなたの剣を見ていて思ったの」
 鞘を持つ左手に視線を注ぐ。続いた言葉は唐突だった。
「アイシムでのことを覚えてる?」
「え?」
「あの頃あなたは、右に剣を吊っていた。騒ぎが起きたときは、右手に鞘を持ち、左を逆手にして剣を握っていた」
 レカードと陰から見ていたの、と付け足して、グランの手から剣をするりと取る。
「でもその後は左に吊り、右手に持っているわ」
 鞘のままの剣を抱えてティーフェンは、グランの瞳を見つめた。
「あなたを見ていて、思い出したの。剣を握る手の左右を問わず、また順手と逆手も問わずに扱う一門のこと」
「……なんだと?」
「もう離散していると言うわ。でもかつて、おじ様はその家のある方と親しかったそうなの。今でもその方を案じていると、おじ様は仰っていた……」
 グランはただ息を呑んだ。ついていけなくて、どんな言葉であれば己の感覚を名状できるのかわからなくて。
 ティーフェンは視線をそらさなかった。
「あなたはその一門と関係があるのではないかと、ずっと気になっていたのよ」



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