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2-9


 砂漠の国に来てから、レカードの頭の中には、親であり師であった人の姿が去来していた。
 紅い目は優しくて寂しくて、幼い己には無い感情をいつも湛えていたような気がするけれど、でも確かに同じ色だったから。今でもその目が好きだ。思い出せば心に火が灯っているのを感じ、同時にあまりに仄かな灯りだから、言いようのない不安を覚える。
 もういない。火が消えそうで心が凍えそうで、途方に暮れていた自分の前にセラヴィスが現れた時、火が途絶えずに済んだとほっとした。グランとティーフェンに会った時には、心に風が吹いた。火を消さない、穏やかで清々しい風だった。
 でも。砂漠に立って振り返る。
 本当に僕。この火の為だからって、こんなところまで来て良かったの?
 己の形をした迷いが、問いかけては胸を衝く。

 金の瞳を再び覗くのはさぞ圧迫を感じるだろう。そう思って体を硬くしていたのはグランの杞憂であった。
 レカードを迎えたレイデスは人間らしく、言い換えれば王らしさもなく、ありふれた青年であった。
 あの水の揺れる空間ではないからかもしれない。
 グランとレカードは、己に宛がわれた部屋と何ら造りの変わらぬ空間に立っていた。水の塊はもとより、紋章など魔導めいたものは何一つ見当たらない。王の部屋でないだけでなく、魔導師の部屋とも思えなかった。
「悪いね、こんな部屋に呼びつけて」レイデスはさらりと笑った。「あいにく覇者めいた振る舞いをするための部屋を維持していなくてね。この砦がこれほどに凋落していなかった頃には、使えたんだろうが」
「えっと、王様。僕なんでもやるから」
 レカードの、帽子に阻まれぬ表情がよく見えた。恐れの在りかは探れなかった。
 勇むレカードに、レイデスは微笑みを返して座るように勧めた。グランは所在無く後ろに下がると、壁にこっそりともたれた。
「そう息巻くのは、何か理由が?」
 レカードははっとしたようだった。気まずそうにたじろぐ。
「その……つい。知りたいことがあって、王様知ってるんじゃないかなって」
 恐れは見当たらずとも、やはりレカードは少し変なようだった。
 レイデスが無言で促すので、レカードは言う。
「僕……みたいな人について知りたくて。僕みたいな……紅い目の」そこまで言うのが精いっぱいのようだった。ぱっと身を乗り出し「ごめんなさい!」と謝る。
 レイデスは穏やかに笑って返した。
「尤もな対価だ。約束しよう」
 え、とレカードが言う。
「知る限りをきみに伝える、それで引き受けてくれるかい」
「あ……」気が抜けたのか、言葉が消えた。体を弛緩させ、僅かに頷く。
 レイデスも同じ頷きを返した。
「では、悪いが先に君への頼みを伝えよう。――この砂漠に魔啓の塔と呼ばれる場所がある。この魔力に満ちた国にありながら、キアに包まれている塔だ。魔力はキアの影響を退けるが限りがある。塔に入れるくらいまで、キアの影響を鎮めてほしい」
 レカードが神妙な顔で相槌を一つ挟む。
「塔には魔啓という予言が眠っていてね。魔道の行く末について説いたと伝えられている。それを確かめるべき時になっているんだ」
「魔道の行く末……」
「そう。きみは、この国に来てキアの存在を感じたか?」
「それは……」首を否定の意味に振った。あの実験の時以外は。とグランは心中でレカードの台詞を付け加えてみる。
「あちらの国がキアの領域であるように、ここは魔力の領域だ。魔力とキアは無関係ではない。魔啓は、きみの求める答えの一つでもあるだろう」
 レカードがぐっと拳を固めたのが見えたかと思うと、ぱっとグランに体が向く。
「グラン、付いてきてくれる?」
 決意のようなもので開いた目が、真っ直ぐグランを射抜いた。
「意味なく道連れにしてるんじゃないよ! わかるでしょ?」
「おまえな」勢いに圧されたこともあり、かろうじでそう返したのがグランの出来る限りだった。
 それに無論グランとてわかるのだ。無関係の客人のように振る舞ったとしても、虚しいだけだ。
「わかってる。付いては行く」
 それでも、それ以上何か言われるのは避けたかった。理由はわかっていた。怖いのだ。
 ああ、深くで澱む出来事をいつかは話すと口にしたのはこの昼のことであるのに。それが覚悟のすべてではないことを、知ってはいた。だが、思い知るのは嫌だった。
 キアのことに触れるのは恐ろしいことであった。手に伝わる感覚を思い出してしまうのだ。石を砕いた感覚を。
「グラン」
 異邦の王の声は、友人を呼ぶように親しげだった。どこかおいて行かれている感覚のグランには、きちんと名乗ったのがいつだったのかさえあまり思い出せなかった。
「君にも頼む。だが、大丈夫かい」
「……気にしないでくれ」懇ろさにつられて礼のない言葉を返す。話の方向を改めた。「セラヴィスと行けば良いのか?」
「いや、魔啓はリタリダに読ませよう」
「ティーフェンは?」
 レカードが訊く。
「私からの用は済んでいる。彼女の好きにすれば良い」
 金目の王は「よろしく頼むよ」と神妙に言った。



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