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1-2


 青年は、神殿に入ってようやく走るのをやめた。深く息を吸うと、澄んだ空気に体が満たされる。しばらくそうして呼吸を整えた。
「……すごいな」
 ここは静かで心を落ち着ける雰囲気がある場所だと、つい言葉に出してしまうほどに思う。等間隔に並んだ柱や無駄に高い天井なんて堅苦しいだけだと普段ならば思うのに、これはそういう余計な意思の為に作られたんじゃない、と何故か彼はそう確信していた。これはそんな張りぼての荘厳さなどひとかけらも必要としていない。純粋な無機質で、それがあまりに穢れがなくて、外の騒々しさと対照的で、建物全体に神秘的な力が働いているかのように感じた。
 しばらく様子を見てから戻るか、別の出口を探すか。青年は建物を見るついでだと後者を選んだ。
 歩き出すと見知らぬ少女が倒れているのが視界に入り、青年はすぐに足を止めた。彼の頭の中を再びあの光景が掠めた。途端に心臓が縮む感覚が蘇り、青年は舌打ちしたくなる。
 人に会うたびにこんな思いをするなんて、そんなことに耐えられる訳がない。青年はそう思いながら、なるべく視界に捉えないようにしながら少女の横を逃げるように通り抜けた。その瞬間に心の内で呟く。
 おまえも人間なのか。

 建物に入った途端に少年は顔を歪めた。
「うわ、ひどいね……街の外に散らないようにしている代わりかな」
 煙を払うように手を振りながら歩く少年の、頬の模様が鮮やかな紅色に染まる。少年は振り返って言う。
「なんか大変そうだけど……セラヴィス、この後は急ぐ?」
 少年の視線の先の、セラヴィスと呼ばれた女性は首を縦に振る。少年は再び前を向き、少し早足になる。「だよね」そう言いながら何かを掻き分ける様な動作で進む。「なんか兵士もいて、ちょっと落ち着かないし、この町。さっさと機械だけ見て」
「レカード」
「え?」
 セラヴィスが呼び止めた。 「……人ひとり助けるための時間くらいあるわ」
 そういって彼女が見つめた先に少女が倒れていることに、少年――レカードはようやく気付く。慌てて駆け寄り、すっと紅い瞳を細めて少女を見た。数秒そうしたあと、溜息をついて忙しなく立ち上がる。「ほんとに大変だよ」
 そう言葉を残して奥の方へ駆けていったレカードを追いながら、セラヴィスは「そうね」と小さく呟いた。

 レカードはすぐに、神殿の中央と思われる部屋たどり着いた。様々な方向に通路が張り巡らされていたが、彼にとっては何の障害にもならなかった。部屋に置かれた巨大なガラスのような鉱石が、この神殿に入った時から彼の事を呼んでいた。その呼び声に従いながら走れば良いだけだったのだから。
「……ちゃんと来たから」
 助けてあげてね、と言いながらレカードがその石に触れる。石は部屋全体に閃光を発した。

 青年は、背後の部屋から強い光を感じた。驚いて振り返る。目を閉じてしまうほどに眩しいのは一瞬だったが、背後はまだ輝きを放っている。つい通路を引き返して眺めると、階下にある石が光っているようだった。その巨大さに圧倒されながら隣の階段を上がったのはつい先程だが、その時はもちろん光ってなどいなかった。
 信じがたい光景に唖然としていると、声がした。「誰か居るの!」
「! ……人がいたのか」
 反射的に苦い声になる。しかし声の主を見つけてそのような気分が飛んだ。石に触れた右手から光が溢れていたことへの驚きが勝ったからだ。
 少年も何事かに驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
「嘘だろ……いや、ねえっこっちに来て! 人が倒れているから手を貸してほしいんだ!」
 少年の叫びに何か返そうにも言葉が上手く出ない。足は頑なに固まり、喉の辺りはひどく乾いている気がした。頭の中はごちゃごちゃしたものが乱雑に飛び跳ねていて、そうして何も出来ずにいると再び声が飛んでくる。
「何やってんの、早くして!」
 その声を聞いた瞬間、様々な感情が真っ白になって消えた。青年は階段を駆け下りる。すぐに我に帰るが、体は動く。何だこれは――そう思いながら少年に近づいて止まり、彼は口にした。

「おまえは人間なのか……?」
 低い呟きに、レカードは一瞬きょとんとする。が、納得したように自らの手を見た。肩を動かして言う。
「……違うんだろって言いたそうな感じだね。あはは、まあ多分その通りだよ」
 薄く笑みを浮かべた表情は、何とも言えず奇妙だ。少し人間らしさが欠けている顔、なぜかそんな風に感じた。きっとあまりに鮮やかな紅色をした、この頬の不思議な模様のせいだろうと青年は思った。
「あっちの入り口に人が倒れてるんだ、付いて来て!」
 頷いて少年に従いながら、何をやっているんだ俺は、と内心で呟く。
「ねえ、名前を教えて」
 レカードは言い、そしてまた軽く笑う。人形のように見えるこの少年にならばかまわないかもしれないと、青年は考えた。だってこいつは人間ではない――体は軽いままだし、あの光景も見せないのだから。
「グラン」
 青年――グランは答えた。レカードが頷いて、走る速度をあげた。



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