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1-3


 前方に眩しく光が射しているのを見て、出口だと気付き安堵した。入ってきた方へ戻りたくないと言ったのはグランだが、他に出口がある保障もないままに建物の中を彷徨っていたし、神殿は構造がひどく入り組んでいた。だから、隣を行く二人――レカードと連れらしき女性――も安堵したようだった。
 神殿を出て辺りを見ると、街のかなり上の方へ来ていたようだった。民家も無い。柔らかな草が茂り、風が穏やかに吹いているだけだった。
 グランは抱えてきた少女を降ろして、ようやく緊張が解けた。手を離す折にようやくまともに少女を見る。美しい栗色の髪を、紅い色のリボンが飾っていた。血の色の失せた肌と相まって、その色が印象に残った。
 息を深く吐いて、風を浴びた。不思議と心地よかった。

「グラン」
 横から名を呼んてきた少年の、その目と頬の紅色は先程と変わらず鮮やかなものに見えた。
 見れば見るほど不思議な少年だった。髪は黒と言うには薄く灰と言うには深みがある、何とも曖昧な色をしている。被っている帽子の左右には飛行帽のような耳垂れが付いているが、風にひらひらと舞うばかりで、どうやらただの飾りのようだった。そして、紅い目には不思議な器具をつけていた。眼鏡というんだったか、と何とか思い至る。服装にも特に色味の強いものがないこともあり、とにかく目と頬ばかりが色が目立つというのが結論だった。
「ありがとう。それと、名前を言うのを忘れてた。僕はレカード」
 あっちはセラヴィスって言うんだ、とレカードは続けた。セラヴィスは町並みに目をやり、静かに立っている。銀髪が揺れていた。
「どうせだからちょっと話そうよ。意識ない人を置いてく訳にもいかないし、ここには兵士もきっと来ないよ」
 強い言い切りに何となく圧され、隣に座り込みながら訊く。「何で来ないとわかるんだ。それに、兵から逃げてるなんて言ってない」
「そりゃあ……この人見ればわかるでしょ。普通はこうなるんじゃない?」
 あと、逃げてるって言ってるようなものだから。と付け加えながら、レカードは横たえた少女をちらりと見る。若干愉快そうなものを孕んだ口調だった。ガラス越しの目が笑っている。
「普通って」
「きみは普通じゃないってことだよ。すごい」くすくすと笑いながら言う。
「……ならお前も普通じゃないだろ。あの女だって」からかわれていると思いつつ返す。
「僕が人間じゃないって言ったのはグランでしょ。セラヴィスだって異国の人っぽいじゃない」
 それは確かだった。レカードにも不思議な雰囲気があるが、恐らく目と頬の色を除けばそれはかなり薄れるだろう。だがセラヴィスは先ほど少し見た限りでは、その服飾のせいもあるだろうが、顔立ちや髪色など何処を挙げても独特の空気を纏っている。
 グランはふと気付いて訊ねた。
「それは、ロヴェグの人間が普通って言ってるのか」
「そうだよ」
「ロヴェグ以外に国なんてあるのか?」
 途端にレカードが目を丸くした。しばらく固まってから呟く。やはり愉快そうに。「予想外だなあ、それ」
 訳のわからないまま、とりあえず予想外なのはこちらだ、とグランは思った。

 南のロヴェグと、北のスニーク。分かれていた二つの国家が統一され帝国となってからようやく二十年程が経つ。
 それがグランの持ちうる知識の全てだった。そして、統一というからには全ての統合だったのだとグランは思っていたのだが。
「名前くらいは僕でも知ってたものだけどなあ……この国の南には、パニティレイムっていう国があるんだよ。セラヴィスは、その国のひと」
「え」
「ほんとに聞いたことなかったの? どんな生活してたんだよ……うわーびっくり」
 だからうわーびっくりはこちらなんだ、とグランは再び思った。

 己が無知であるとは思っていた。だが、いざ思い知らされて愕然とした。
 確かに外に出て、自分はごく限られた特殊な環境で生きてきたのだと改めて思ったことが何度もある。それでも、あの生活は異常だったのだろうか。人に常識を突き付けられて、呆然としてしまうほどに、おかしな環境だったのか。
 比較対象となるような外の環境にいる友など持たなかったけれど、親も早くに死んでしまったけれど、でも。

 つい黙してしまうグランの服を引っ張ってレカードが言った。「目が覚めたみたいだよ」
 少女がゆっくりと身を起こしていた。辺りを見回したその瞳が、こちらを捉えた。
 一瞬身構えそうになるが、心臓は痛まない。体も軽く、あの光景も、ない。ほっとしながら見返したその瞳は、穏やかなオレンジ色だった。
 レカードが歩み寄り、話しかけた。
「話したいことは色々あるんだけど街はさっさと出たいんだよね……でもまあ、きみはこの町の人じゃないよね。どっちへ行くの?」
「え? あ、ええと、……南へ」
 混乱しつつも、少女はすぐに言葉を返す。話が早くて良い人だ、という風にレカードはにっこりと微笑んだ。
「同じだ。良かったら次の町まで一緒に行こうよ。名前は?」
 手元の杖を握り締め、レカードを静かに見つめてから少女は言った。僅かな微笑みを湛えて。
「ティーフェンです。貴方は?」
 レカードが名を言うのを聞きながら、順応が早い少女だなとグランは思った。あの頬や瞳に気圧されないのだろうか。むしろ怪しまないのだろうか。そうしているとレカードがくるりとこちらを向く。「グランも一緒に行こうよ。どうせ南へ行くんでしょ」
 何故そう断定するのか訊こうとしてやめた。パニティレイムは南にある国らしいから、きっと南方から来たのであればそれを知っているということだろう。
「俺は……」
 ティーフェンがこちらを見た。再び目が合う。
 はじめて見たとき、心臓が痛かったのは確かだった。……だから、今は平気でも、次は?

「グラン、さん」オレンジの瞳が笑みを映して言う。「よろしくお願いします」
 私はティーフェンと言います、と先ほどの言葉も聞こえていたのに言ってくる。だが不快ではなかった。何と返事をしたものか迷いつつ言葉を繋ぐ。
「あんた大丈夫か? 気が動転してんじゃないのか」
「はい。だから経緯を知れるし、一人旅は思いのほか大変なので……」
「……わかったよ。行くから。あと敬語はいらない。さんもいらない」
 ティーフェンが肯定を示しながらにこりと笑った。その笑みは品がありながらも温かく、美しかった。
 これから先もきっと心臓は痛くならない。そう思わせる表情だった。



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