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1-4


 兵の姿が無いことを何となく確認して町を出た。南に向かって地図を指でなぞりながら、レカードは唐突に切り出した。
「シャタルっていう町を知ってる? あ、グランは知るわけないか……。まあとりあえずそこが僕が行こうとしているところなんだ」
 はじめの疑問文は、明らかに続きの溜息交じりの言葉とセットだった。かなり癪だ。しかしその町の名は確かにグランは初めて聞くものだったので口を挟まないでおく。それを察したらしいティーフェンがくすくすと笑みを交えて言った。
「パニティレイムとの国境がある南端の町のことね」
「うん。それでさ、なんか事故が起きたっていうんだけどそれは知ってる?」
「事故……半年前の?」
「半年も経っているの?」
 驚いたように言ってからレカードはセラヴィスの方を見る。視線を向けられた静かな女性はわずかに頷き肯定した。
「なんの話だ?」
 どうやらただの町ではないのかもしれないと思いながらも、グランには訳がわからない。オレンジの目を向けて、ティーフェンが答えた。
「半年前シャタルで事故……なのかしら。とにかく人々が倒れてしまったということがあったようで……でも詳しくは知らないの」
 その言葉に一瞬息を呑み、それから怪訝そうに眉を顰めるグランの顔を見てティーフェンは申し訳無さそうに付け足した。
「私が住んでいた辺りまではあまり情報が来なくて……」
「でしょ? とにかくさ、そこまで行こうと思ってるんだよ。その事故について知りたくて」
 レカードが軽やかに振り向いて不敵な笑みを作る。その紅い瞳が少し鋭く輝いて見えたので、ティーフェンは密かにぎくっとした。
「半年も経った事故のことを調べに?」
「だって事故のこと、最近まで知らなかったんだ。セラヴィスに会ってはじめて知ったの」
 セラヴィスにはつい最近会ったんだよとレカードは付け足す。グランにはその言葉は意外だった。セラヴィスは寡黙だが(会って数時間とは言え声を聞いた覚えがない)レカードは問題なく意思を伝えていて、だからお互いよく知った存在なのだと思っていた。
 人との意思疎通が上手い人物というのはこういうものなのだろう。グランは少し羨ましく思い、「人形みたいな癖に」と心の内で呟いた。
「そう……それから、さっきのことだね。体にどこかおかしいところはない?」
 ティーフェンが頷く。先ほどの神殿のような建物での事かとグランは思った。あの場で少女は確かに倒れていたが、今見れば外傷の類はまったく無い。
「……倒れてたのは、何かあったのか?」
 今度は首を横に振り、訝しげな表情を浮かべながら言う。「いいえ……多分。眠ってしまったかのように覚えていないけれど。息苦しくなって、意識が遠のいて……」
 レカードは少し目を伏せてそれを聞き、思案するように手を口元に当てながら言葉を繋いだ。
「もしかしたらそれが、シャタルと同じ現象なんじゃないかって僕は思っているんだ」
 少女ははっと息を呑み、その隣で青年は目を丸くした。よく喋るはずの少年は何故かそこで不自然に話を切り上げて地図に目を落とし、地図ってさっぱりわからない、とのん気に一言付け足した。青年はそんなお前がさっぱりわからない、と思う。
 後ろを歩くセラヴィスはただ沈黙を守っていた。

 しばらく歩いて陽が傾いてきた頃になると、前方に小屋が立っているのが見えた。白い壁に青い屋根のそれは、グランが故郷を出て今に至るまでの道のりで、幾度も似た物を見てきた記憶があった。そういえばあれって何なんだ、とティーフェンに訊ねる。
「あれは旅をする人のための宿泊施設よ、グランは使用してこなかったの?」
 グランが返答に詰まるので、ティーフェンはそのまま言葉を繋いだ。
「帝国が成立して間もない頃、国中にあのような施設が作られたの。確か流行り病の感染を防ぐためだったかしら。あの施設が出来たお陰で、旅がとても安易なことになったのだと聞いたわ」
 つまり前時代でいう教会のような役割をしているの、と付け足した。教会の役割と言われてもグランにはぴんと来ないが、宗教だとか信仰というものは今の時代にはもう古く廃れているものだ。
「もったいないなあ。乗り物をうまく使ったら、野宿の必要がなくなるかもってくらいあちこちにあるじゃないか、あの宿」
 レカードが言った。そう言われても気付かなかったものは仕方が無い。本当に常識が足りていないのかもしれないと思い、グランは溜息をついた。
 それに。
 彼は一切のものに近付きたくなかったのだ。小屋ならば人が居るに違いないという思いは、彼にとっては足を遠のかせる理由となるものだった。そう思うと、何故今こうしているのかということは今更ながらに疑問だった。何故、誰かと共に行こうという気分になったのか。半日も経たない時分の事だというのに、遠い昔のことのように記憶が曖昧で答えが出なかった。何より奇妙なのは、どうしてそんなに人を避けていたのかという方にこそ疑問が浮かぶことだった。

「山賊?」
 ティーフェンが不安そうに眉をひそめて言葉を返す。宿主らしい商人は頷いて、溜息混じりに言った。
「山賊って程のもんじゃあないが、つまんねえ荒くれがね。町に兵士が来てたろう? あれの煽りで少し争いが起きているようでね……道を山側に外れたら割に近くに根城があるもんだから」
 どうということは無いだろうが一応気をつけて、と言って商人は言葉を切った。
「居る所には居るもんだね」
 レカードが感心したような調子で言う。「町で見た兵士は荒くれの相手するためにいたのかな?」
 ティーフェンがちょっと反応し口を開きかけて、やめた。
「賊……」
 誰にも聞こえない大きさの声でグランはそう呟いた。握り締めた手が震えていた。
 鋭い瞳と剣の煌き、真紅の景色。思い出しては、ぞっとする。なんて嫌な言葉なんだ、と心中で毒づいた。

 そうして日が暮れ、じきに夜になった。



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