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1-5


 朝になり宿を辞そうとした頃、外から扉が叩かれた。気付いた宿主が応じて開けると隙間から青い鎧が見えた。
「あれは……」
 グランが眠気の抜け切らない声でぼんやりささめくと、背中に何かが当たった。ティーフェンがグランの背にさっと隠れたらしかった。
「ご、ごめんなさい。兵士が苦手で……その、姿を見られたくないの」
 小声でささやくように後ろから告げる。姿を見ようにも首を振って拒絶するだけだった。とにかく居ないことにしたいらしい。仕方がないのでなるべく自然に見えるように立って、後ろにティーフェンをかばいながら聞き耳をたてた。
 ――近隣の賊ですが、昨夜のうちに武器を押収しました。奴らに新たに武器が回らぬよう、武具を扱う方にお願いをしています。申し訳ないが、町へ行く折にお伝えしてもらえますか。人相など特徴はこのようなもので……。
 ええ、私どもはすぐにでも南下せねばならない用事があるのです。それでは、よろしくお願いします。早朝から失礼をしました――。
「ねえセラヴィス」
 レカードが帽子を被りながら言う。「さっきの人たちは昨日のと同じに見えた?」
 セラヴィスは兵士が出て行った扉の辺りを見つめて少し考えてから頷く。「……私にはそう見えた」
 グランは初めて声を聞いた、と思って振り返る。よく通る声と言うわけではないが美しく響く綺麗な声をしていた。そしてようやくしっかりと姿を見て、はたと気付く。
「なんだ? それ」
 セラヴィスは奇妙な装飾品を着けていた。耳を覆う形の一対の飾りは両端を額の上を通って繋がれている。ヘアバンドを少し前にずらしたような形状だ。材質は金属のようで、銀髪の上に違和感なく鎮座していた。そして、髪に隠れていてわかりにくいが、右目が眼帯のようなもので覆われていた。昨日はこのようなものは付いていなかった。
「兵士がいるからね」
 何故かレカードが言う。グランは答えになっていないと思い、怪訝な顔をした。
「これは魔道師が帝国にいる間、着用の義務を負う」
 セラヴィスがそう繋ぐものだから余計に訳が解らなくなった。ティーフェンが囁いた。

 パニティレイム――セラヴィスの出身らしい南の国――は、魔道師の国だという。グランは魔道なんてものは遠い昔のものか、そうでなければおとぎ話だと思っていたが、実際に南に広がる砂漠の中に住まう人々は誰もがその不思議な力を当然のように扱って生活をしているらしい。しかしそれは帝国の中では大きな脅威となりうるものであるから、入国の際にこのような妙な飾りを着けて制御する。

 そう語りながらティーフェンも、セラヴィスの飾りを見て少し不思議そうな顔をしていた。吐く息に混ぜて言葉を落とす。「……本当に居るのね」
「兵士に会わない間は取っちゃいなよって言ってたんだけど。近くに居るならまあ仕方ないかなあ」
 重そうだし邪魔そうだし、必要なものだからってなんでこんなのにしてるんだろう。と、当人でもないのにレカードはぶつぶつ呟いている。
「南下すると言っていたな。まだ用事があるのか」
 そうだね、と頷いて言う。「荒くれの討伐ってわけじゃなかったね」
「グラン、さっきはごめんなさい……ありがとう」
 ティーフェンがそう言うので、グランは軽く首を振った。何と返したものか少し迷う。的外れかもしれないと思いながら「武装した人間が怖いのは普通だろう、たぶん」と返した。ティーフェンはありがとうと言うように軽く頷いた。
「俺が昨日追われたのも多分あの兵士だったんだろうな」
「追われていたの?」
「昨日の町で少し。うろうろしていたし、その上剣も帯びていたからかもしれないが……逃げるうちにあの建物の辺りに迷い込んだから、やり過ごせるかもしれないと思って入った」
 あの神殿のような建物は立派で大きなものでありながら、何故か目立つものではなく、ひっそりと隠れるような静けさがあった。必死だったあの時は、とりあえず人の気はなさそうだと思って入ったのだった。
「でもまあ、後ろを追われるようにして行くより良いよね」
 レカードがそう言って話を切った。

 ティーフェンに教わりながら何とか読み取ったレカードの地図によると、現在地は大陸のほぼ中央、帝国内では東方に当たる場所だという。シャタルまでの経由地となる次の目的地、アイシムという町はさほど遠い場所ではないが、その町から更にシャタルへ行くには広く森があるらしかった。地図上の森の下には小さな街の印と、国境を示す線が山脈に沿って引かれている。
 ――俺はどこまで行こうか……。
 地図を見つめてグランは思う。元より目的など無いようなもので、ただ遠くへ行ければそれで良いと思っていた。それは今も変わっていない――だが。
「ティーフェンはどこへ行くんだ」
 今は、同行者がいる。
 辺境を目指すのは、人の姿を見るだけで狂ってしまいそうなこの心が落ち着くまでただ一人でいたいからだった。だけど、今は他人といながらもそれは失せている。ならばこの妙なめぐり合わせに、出来るところまで従ってからでも構わないのではないか……。グランの心中には自分でも不可思議に感じるような、相反する感情があった。
「私は……そうね。シャタルまで行ってもいいかもしれない」
「えっ」
レカードが反応した。「危ないかもよ? 何しに行くの」
 応えるオレンジの瞳は穏やかだった。しかし不思議と強さを秘めているように見えた。
「きっとね、私はこの世界をもっと知りたいの。こんな風に旅に出たこともなかった私は、知らないことが多すぎて……」
 だから知りたいことが、この世界にはあまりにたくさんある。
 ティーフェンはそう言って笑った。
 グランは、返事が出来なかった。



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