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1-7


 すぐ近くの木の陰に入り込むとレカードは走るのをやめた。突然止まるものだからティーフェンは驚いてバランスを崩しかけた。レカードは軽くごめんと言いながら草の陰に隠れるようにしゃがみこみ、すぐに視線を焚火の方へ戻す。
「ねえティーフェン」
 同じようにして隣に屈んだものの、光が当たらないため語りかけてくる横顔の表情ははっきりしない。
「僕のことは怖くないの」
「!」
 顔の向きは変わらず、それゆえに目が合うことはなかった。ただこちらを見ない紅い目が何を思ってそう語りかけてくるのかはよくわかった。
「セラヴィスなんて普通じゃないか、異国の人ってだけだ。見たことがないっていうのなら僕だってそうでしょ、こんなのは」
 そうして初めてその目がこちらをとらえる。光が当たっていないはずの紅い目が、先ほどの酩酊した男のそれよりもよほど怪しく輝いているように見えた。それが錯覚だったのかそうでないのか、ティーフェンは全くわからなかった。目を見ているだけで何も言葉が出なくなる。否定も肯定もなく、ただティーフェンはその目を見つめ返した。次の瞬間、辺りが紅く光った。
「あ」
 何事もなかったかのようにぱっと顔を焚火の方へ戻す。ティーフェンもそちらを見た。セラヴィスの手から丸い火が放たれていた。魔法だとすぐにわかった。思わず乗り出そうとするのをレカードが制する。信じられないような光景に心が震えた。夢中になってみていると火の玉はもう一度だけ現れ、騒ぎはすぐに収まった。傍らの少年がすぐに立ち上がる。
「ティーフェン、多分すぐセラヴィスが来るから一緒に戻りなよ。あと僕はちょっと散歩して戻るからさ、言っといて?」
 レカードが木々の間に歩き出したのは言葉を切るのと同時だった。声をかけても詮無いことだと思い、ティーフェンはため息をつく。座ったまま先ほどの光景を思い起こす。しばらく経ってから密やかに言葉を零した。
「怖いわ……とても。でも、怖いのはあなたたちではない、そうよ……」

 宿のベッドに剣を置いてようやく一息つく。手に残る剣の重さがようやく離れていく気がした。
「グラン、私はレカードを迎えに行くわ」
 セラヴィスがそう言って、手にした杖をグラン渡す。「ティーフェンが戻ったら渡して」
 剣よりはよほど軽い、紋章と細かい模様が彫られている木製の杖だった。
「迎えに行くならついでに渡せば良いだろ」
 しかし聞こえているのかも曖昧な風にそのまま出て行こうとする。かと思うと扉を開ける間際に静かにこちらを見て、言った。
「彼女は私が苦手なようだから」
「え?」
 その言葉にグランは瞠目した。予想外な言葉だった。二の句が継げずにいるグランを見て、セラヴィスは柔らかく目を細める。それはあまりに小さな変化だったのだけれど、表情の変わるセラヴィスを見るのが初めてだったからかその変化は確かにわかった。グランが驚いているとセラヴィスは言葉をひとつ残しすぐに行ってしまった。
「あなたのような鈍い人は気づかないだけ」
 ベッドに腰を下ろしたままグランはしばらく目を丸くしていた。そしてセラヴィスの気配さえ消えた頃に思う。静かに笑ったその顔がとても美しかったと。

 ベッドで寝そべりながらしばらく待つとティーフェンだけが戻ってきた。グランの傍らの杖に気付いて近づく。上体を起こした。
「ごめんなさいグラン、大丈夫だった?」
「まあなんとか。……悪いことをしたかもしれないが」
 杖を手渡す時、セラヴィスの言葉が頭をよぎった。言うべきことかと一瞬迷ったが、結論を導くより先に口に出た。
「セラヴィスは俺にこれを預けるとき、ティーフェンが自分を苦手がっていると言った」
 ティーフェンは特に表情の変化を見せなかった。杖を受け取り大切そうに持ちながら、静かに答える。
「やはりわかるのね」
 あなたは気づいていたの、と続ける。グランは首を横に振った。
「苦手というか、怖気ついていたの。異国の魔導師なのだと変な先入観を持って身構えていたのよ。これまで見たこともないひとだと思って……その意味ではレカードに対してもそう」
 向かいのベッドに腰を下ろして語る。
「でもきっと知ってしまえばなんということはないの。さっきセラヴィスが魔法を使うのを陰から見て、私はきっと彼女を同じ人間として見ることができると思った……」
 たとえば剣をふるう人、ものを教える人。なすべきことを行い自分の力をふるう姿は、この目に等しい美しさで映る。
「不思議よね、あのときのセラヴィスの姿は、あれこそが最も私たちと異なる部分でありながら、私がこれまで見てきた人たちと何一つ変わらないということを思わせてくれたのよ」
 興奮も怯えもない穏やかな声だった。しかしグランはその言葉にただ緘黙して返すことしか出来ない。 人を肯定し、魔導師も変わらず人であると認めて受け入れる。自分にはかけらさえも出来ていないことである。そんなグランを見透かすように言う。
「あなたが人をおそれていることもわかっているわ、気を悪くしないでね」
「……その、俺はそんなにわかりやすいのか」
 ティーフェンは「残念だけど」と言いながら頷いて笑う。
「何かつらいことがあったのでしょう?」
 思い返せば、ただ恐ろしいというのがすべてだった。ただ「つらいこと」というのは、心に穿たれた穴の名としてなるほどふさわしいものかもしれないと思う。自分ひとりでは気付きもしなかったことだけれど。「……そうかもしれない」
「そんな時に他人のことを考える余裕なんてないのは当然だもの」
 そういって微笑んだ。先ほど見たセラヴィスの笑顔と同じように、美しい表情だと思った。そうして、笑顔とはきれいなものなのだと、そんなことも忘れていた自分に気付いた。



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