BACK NEXT TOP


1-8


 探していた青い鎧が目に入る。青にまとわりつく鮮やかな紅は、まるで血だと思った。
「兵士さん」
 少年は夜陰から声をかけて近づく。二人の兵士が気づいて振り向いた。その様子を素早く観察する。特に傷ついているということはなかった。酔っぱらいに伸されたというけれど大した暴行を受けたわけじゃなさそうだなと思う。不意打ちをくらったとか、そういうことだろう。
 理性が飛んでるとは言え、人をわけもなく激昂させ、その衝撃に一瞬で呑ませる。そんな力を持つ血のような「それ」があまりに鮮やかで、闇に慣れた目には少し辛かった。
 厄介だよなあ、と心中でごちてから、今度は声に出して言う。
「おやすみなさい」
 少年の足元から渦巻く風が巻き上がった。轟音を立て兵士を足元から浸食し全身を包むとすぐに消える。二人の兵士は軽く金属の擦れる音を立てながら倒れた。
「きっと良い夢を見れるよ」
 もう酔っぱらいに一撃で伸されることもないと思うし、と少年は付け加えた。そこに、人影が現れる。
「レカード!」
「あれ、セラヴィス。わざわざ来たの?」
 セラヴィスの語尾に勢いがあるのは珍しいと思った。心配させたのかな、と思って言う。「ちゃんとティーフェンに伝言を頼んだんだけど」
「もう遅いわ」
「まあ、そうだね」
 弁明する言葉など聞きもせず手を引き歩きだしたセラヴィスに内心で苦笑する。そんなに子供じゃないつもりなんだけどなあ、僕だって。
「だって兵士なんだからさ、ほいほい倒れてたら沽券に関わるっていうか……もしかして怒ってるの?」
 ずんずん歩く後ろ姿に不安になって、おずおずと尋ねた。すると歩む速度が緩くなり、いつも通りの調子の声が返ってくる。「……怒ってはいない」
 その言葉に少しほっとした。感情豊かとは思えないこの人にあえて宿らせる感情がそういうのでは流石にいやだと思ったから。そう、なるべくなら、できることならば、喜ばせてあげたいのだ。
「ごめんね」
 そっと言葉に乗せた。
「……でもさ、ちょっと調べたいんだけど。兵士にくっついてるなら帝国と関係あるかもって思って、シャタルに行く前に」
「レカード」
 振り向いたセラヴィスの目がやっぱり自分のことを少し責めているような気がして、レカードは今度こそ押し黙った。

 夜に長く騒いでいるだけあって、朝が遅い街だった。
 陽が昇ったあとだというのに街は静かで、グランは自分ひとりだけ早く起きてしまったような気がして手持ち無沙汰で困惑した。隣でレカードがぐーすか寝ているので、音が立つようなことをするのは忍びない。
 ふと、傍らの剣が目に付いた。昨日放り出してそのままだったなと思いながら手に取る。
 剣のことを考えるのは久しぶりだった。
 ティーフェンが「つらいこと」と形容したあの出来事の後も、剣を抜こうとしたことは何度もあった。人をどんなに避けても限界がある。ちょっとした争いごとに巻き込まれることはあったし、兵士に追われた時もそうだった。だけどいざ抜いた場面が、昨日の些末な騒ぎだとは。何とも面映ゆく感じる。
 大げさに考える必要など無いのかもしれない。いざとなったら俺はまだ剣を抜くことはできる、そう思うだけで気が楽になった。人に向けて振りかざすことができるかはまだわからない。だけど吊り下げるだけでは意味がない。せめて抜いて、手入れもして、時には振ってこそのもの。
 急に剣がとても大切なものに思えてきて、そっと引き抜いてみることにした。
「あ、グラン」
「わっ! 起きてたのか……」
 剣を片手に驚いているグランを見ながら、レカードは起き上がって言う。
「今起きたんだ。その剣さ、きれいだね」
 グランは予想外の言葉に更に驚く。
「昨日はあんまりよく見えなかったけど、かっこいいし案外似合ってる。それ、いつも昨日みたいにしか使わないの? ものを切るにも便利じゃないか」
 昨日みたいに、というのは柄や鞘を当てたりするということだろうか。それにしても、ものを切るためとはずいぶんな言葉だなと思った。その思いに、剣士としての自分を思い知る。
「昔は普通に使ってた。……最近は使ってない」
「もったいない」笑いながら言う。嫌味とか馬鹿にするとかではなく本当にそう思っていることが伝わる、自然な笑みだった。「あんまりへんに考えるよりさ、使えるものは使っとく方が良いと思わない?」
 グランは言葉に詰まってしまった。レカードはなんでもなかったかのように立ち上がる。
「そうだ。ちょっと出かけたいんだけど、セラヴィスたちが起きたら言っといてくれる? すぐ済ませるようにするからさ」
「は? どこにだよ」
「グランと会ったところ、に似てるところ。あの妙な神殿みたいな建物だよ。ここのはそんなに大きくなかったけど、昨日ちらっと見えたんだ、だから見てくる」
 そう言いながらせっせと身支度を整える。しかしまだ髪の毛もぼさぼさであるが本人は気にならないようで、上から帽子で押さえつけて満足したのかさっそく立ち上がろうとする。
「……何をしに?」
「そりゃあ」
 靴を履きながら言う。「ティーフェンみたいに倒れてる人がいないかと、グランみたいに平気で歩いてるへんな人がいないかを見るためだよ」
 予想はしていたがひどい返事だ。誰もいないことを確かめるとか、他に言いようもあるだろうに。「変って言うな。一番変なのは間違いなくお前だ」
「ああ、それはそうかも。でも僕はいいんだ。僕がグランだったらあんなところに迷い込まないから」
 嫌味に一矢報いようとして、外れたどころか三本くらい返ってきたなと思ってグランはそれ以上言うのをやめた。



BACK NEXT TOP


Copyright(c) 2011 幸天つばさ all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-