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1-9


「ティーフェンがいない」
 レカードを見送ってから少しも経たないうちに、セラヴィスが隣の部屋よりやってきてそう言った。グランは面食らう。驚きで言葉が出ず、どういうことだと目で問うグランに対し、寡黙な魔導師は首を横に振るのみで答える。
「荷物もないわ。森へ出たのかもしれない」
「なんで」
 わけがわからず疑問を口にするばかりのグランに、彼女自身ようやく考える機会を得たというようにセラヴィスは思案する。少し間をおいてから小さく呟いた。「……逃げるため?」
 その言葉が思いのほか心に響いた。逃げる、何からだ。昨日魔導師も受け入れられるといったティーフェンが。
「探したほうがいい……のか。とりあえず、レカードに言いに行く」
 剣を帯びて荷物をまとめるうちにセラヴィスは先に行くと言い残す。「見つけたら私はそのままシャタルへ向かう。あなたとレカードは少し遅れてきても良い。きっとティーフェンは森にいるから」
 セラヴィスの口ぶりはまるでティーフェンがどこにいるのかを見透かしているかのようだった。森なんてこの町の南側自体がそれと呼べるし、その先にはもっと深く広がっているのに。そんなに広い場所で簡単に見つかると思っているのか、ティーフェンもそんな場所へ本当に行ったのか。
 しかし考えている場合ではない。グランも宿を後にした。

 半分木々に呑まれているせいか、いざ探してみると小さな町だというのに神殿はなかなか見つからなかった。場所を聞いておけば良かったと思ったとき、前方に二人の兵士の姿が見えた。グランが気付いた頃には向こうも気付いていたらしく近づいてくる。
 顔など覚えていないが、この前追ってきた、もしくは宿で見た奴だとまずいかなとグランは思った。だが逃げるには遅い。
「少しよろしいだろうか」
 話しかけてくる様子には、どうやらこちらのことを覚えているわけではないようだった。ひそかに胸を撫で下ろす。追われる程には、追うというのはそう印象に残らないのかもしれない。だが、捉まっては厄介な気もした。
「急いでる」
「申し訳ない。だがひとつお聞きしたい、人を探している」
 それを聞いて一瞬、時間が止まったと思った。ひとつの考えが浮かぶ。
 もし俺が、いま誰かに話しかけて何か言葉を言うならば。
 そうであったときに俺が言うであろうことを、全く同じことを言ったんじゃないか?
 そしてそれに続く言葉は、そう。

「少女を探している」

 肩につかない程度で揃えられ、耳元に来る左右の一房ずつのみが胸のあたりまで長い栗色の髪。瞳はオレンジで、小さな杖を持っていたり紅い髪飾りをしているかもしれない。
 そう続いた言葉を聞くまでもなく、誰のことを言っているかがわかった。しかし、頭がうまく働かない。浮かんでくるのはたったひとつ。
 ――何故、ティーフェンが兵士に探されているんだ。
「……知らない。どういうやつなんだ。あんたたち帝国の兵士だろう?」
 最初から青い鎧が目についていた。追われた時に覚えた色だった。あの時はもう何人かいたのが今は二人のみだが、鎧の色は変わらない。青は帝国の色――グランでも知っていることだった。
「答えられぬことだ。……お引き止めして悪かったな」
 兵士が消えた方向を見ると、森の方へ行った様子は無さそうだった。町の中をまだ探すのだろうか。セラヴィスの言ったとおりティーフェンが森に行っていれば、見つかることはないということか。
 ならば今のうちに早く探してしまおうと思って前に向き直ったとき、木の間からレカードが出てきた。
「あ」
「え、今度はグランが来たの? だから心配させるようなことはないんだけど」
「レカード」口下手な青年が饒舌な少年を遮って言う。「ティーフェンがいないぞ」
 紅い目が丸くなった。
「それで、さっき兵士に会ったらあいつらは人を探してて」
「え、まさか」
 グランは頷いた。事の経緯を短く話す。
「……あの人たちはやっぱり人を追ってたんだな」
「心当たりがあったのか?」
 レカードは首を横に振った。
「でもこんなところに理由もなく兵士はこない」そして一瞬の間を挟み、小さく言う。「それにあの兵士は、鎧が紅かった」
 グランに宛てて言ったわけではないようだった。
「俺も森に行くけど、用事は終わったのか」
 レカードは考えてから言う。
「あのさ、セラヴィスなら、急いで行かないでも見つけてるんじゃないのかな」
 グランは面食らう。「なんだそれ」
「勘だけど」少し迷いながらも言う。「遅れてきても良いって言ったのなら、急いで行かなくてもいいんじゃないかって思うんだ」
「で?」
「ほんとはまだちょっと、やりたいことがある」
 真剣な目だった。鋭い紅い目。いちいち目を奪われるほどではなくなったが、まだ慣れない。
「あの兵士たちはちょっと変だったから、気になることがまだ残ってるんだ。それにあの人たち森に行ったらどうする?」
「まさか」とはいえ、無いことでは無いと思った。「ならなおさら、道草しない方がいい」
「そうなんだけど」
 レカードは苦笑する。
「何とかして帰ってもらう方法ないのかな」
「とりあえず俺は無理だ。顔が割れてて怪しまれる。急いでるって言ったし」
「僕だってあの人たちとは昨日会ったよ、何か訊かれたりはしてないけど」
 初耳だった。「じゃあ、無理だろ?」
 レカードは少し間をおいてから、うーんと呻りながらも肯定した。そして次にはけろっとして言う。「うん、何も方法が思いつかないからいいや。森に行こうか」
 そして軽やかに歩き出す。それに追従しながら、いい加減さとか、年相応の子供っぽさをレカードはきちんと持っている、ということをグランはようやく理解した。つまり、どんなに人をぎょっとさせる雰囲気を持っていても、十分に人間らしいということを。



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