4.握りこぶし


 魔法で映し出された光景の中、ひらひらと手が揺れている。
 自分を挑発する動きだとアスカは思った。

「わかりやすいわ」
「何がだ」
「あの手よ。殺しにこいなんて何考えんのかしらね。一国の王子だっていうのに」
 隣で同じく光景を睨んでいたナツキは、アスカと同じことをあの手の動きに感じたようだ。何が気に食わないのか、とても不機嫌そうな声で言う。アスカは喉の奥で笑った。
「奴は殺されない自信があるんだろうよ。それから、一国の王子などどそんなぬるいものじゃないな。大陸を牛耳る帝国で最高の権力を握っている。実質は皇帝だ」
「なおさらじゃない。わけわかんないわ」
「そしてそれに乗るというのだから、俺たちもよほど理解されないだろうな」
 アスカは口の端の笑みを絶やさない。気分がとても高揚していた。ナツキは対称的に感情のない声で言う。
「手っていうのは意思を表すんだわ。あんたは振り返して良いっていうの、皇帝と殺しあう気?」
「あれは皇子であって皇帝ではない」
 ナツキは呆れたような表情でアスカを見た。アスカはとても愉快だった。青色の目がきらめいた。

 二人のいる宿からは、皇子の住まう王城が見えている。侵入の手立ても整っていた。もとより危害を加えに行く計画だった。だけど、まさかその狙われている本人がわざわざ魔法で自らの姿をこちらに見せ、その上手を振ってくるとは。
 ナツキは不安と緊張で、手を固く握る。こちらが手のひらで転がされているのではないか。あの皇子の振った手には、見えない毒が仕込まれているのでは? あの手を取りに行き、滅んでしまうのはこちらなのでは――。

「手は意思を表すというのならば、握りこぶしは意思を隠すな」
 アスカがナツキの手を取り、固く閉じた指を解く。
「なによ」
 ナツキは不満そうに返した。アスカの人を食ったような笑みが癇に障って仕方がなかった。
「そうだろう、固く閉じたままでは何もできない。引き金を引くのも手の仕事だ。剣を握ることも」
 開いたその手を、アスカは自らの手をゆっくりと離す。
「だからこの手でやりあうのが一番はやい」
「馬鹿だわ」
 ナツキは言い捨てて俯き、唇をかみしめる。
 皇帝殺しの十字架は、てのひらひとつに収まりはしないというのに。それを、アスカ自身わかっているだろうに選択を変えないことが、途方もなく悲しかった。

「握りこぶしも意思だわ」
 やがてナツキがぽつりと言い、アスカが振り向く。ごんっと音が響いた。鈍い痛みが頭にじわりと広がる。
「殴るっていうのも、立派な『やりあい』でしょ」
 ナツキは心底不機嫌なようだった。しれっと言ってそっぽを向き、しかし銃を取り出して整備をする。
 アスカはしばし呆然とし、やがてナツキの後ろ姿を見つめてまた笑みを浮かべる。目には剣を握った時のような光が宿る。その名を呼んだ。
「ナツキ」
「あ。そうだアスカ、あんただったらさ」
 同時にナツキがくるりとこちらを向いた。いつの間にか不機嫌さが少し和らいでいた。
「あんたが握りこぶしをかざしたとしたら、殴らないでしょうけどひるんだところを剣で切りそうよね」
 心なしか口の端に笑みを乗せ、声も楽しそうだった。当たりでしょ、と確信に満ちた声で言う相棒に、アスカは一瞬虚を突かれた。だが、すぐにナツキの愉快そうな表情に釣られるように、彼も笑う。
 気分が良いのは先ほどから変わらない。だが不思議と穏やかな気分だった。アスカは口の端をあげるのではなく、その目を細めるようにして笑った。
 皇帝を殴るというのも無礼千万で非常に良いな、と思いながら。

***


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