2 Rhapsodien Op.79 h moll


 歩みだせば、硬質な床に響いた足音が、高い天井に反響した。
 その音は、私を威厳の色で彩る。
 清廉な音だ――ということになるのだろう。
 領主というものは、位高く厳格で、かつ賢明でなければ存在する意味がない。まとう音ひとつさえそれに相応しくあらねば、ゆるされぬ。
 否。
 音のひとつくらいは、逃れている。
 清冽な音はその実、昏く、こころの底をあぶりだす音の並びだ。誰のものか考えるまでもない苦悩ばかりがそこにある。
 足音の、さらに裏側に隠れている音。
 その足音は、私自身が聞き続けている音だ。
 足音が背後から迫り、頭上は押しつぶされ、よろいの代わりに清らかな絹をまとったとて、逃れることは許されない。
 その音楽は、どこまでも清廉で、厳しい瞳を向けている。

 頭の中に吹く激しい風が、歩み寄る足音が、なぜか時折薫風となる。
「――今日も曇りか」
 たいてい現世は、灰色だ。夢想ばかり誘発するが、もう人前に出ることもない。幼かったはずの倅が威厳の仮面をいつの間に手に入れ、まだその仮面の内からさえでも滲み出す若さが、活力と輝きそのものとして民に受け入れられている。灰の世界で書類ばかり見ているのは、頭の中の嵐は無視できずとも、平穏だ。
 何度かき消したとて、消えるはずのない嵐だ。
 それこそ倅ほどの年のころは、この嵐が煩わしく、受け入れがたかった。
 今では過去を回想するのに、あのころほどの痛みも伴わない。

 ――激しく、畳みかけるような、懊悩を、罪を忘れさせまいとする、脳裏から消えぬ音楽だ。
 その暗闇の中央に、少女が踊っている。
 ターンを、繰り返す。
 ただただ、いまはもう灰にしか思い出せぬあの日の庭園がやがて周囲に浮かび上がり、少女はやはり中央で、笑みを湛えて、そして――。

 ふいの風が、意識を此岸へと戻した。
「雨が……」
 外ではいつの間にやら、灰の雲は厚くたち込め、水滴が窓をたたきはじめていた。
 夢想していたかのように回想の姿が明確だったのは、この雨降りの光景がどこか似ているからだ。久しくおぼろな映像ばかり浮かべていたというのに。
 あの日の手触りが、絹の手触りを消してゆく。
 私を責める声が聞こえる。
「おまえはあれを、どこへやった!」
 そのとき、轟音が吹き抜けた。本物の嵐だ。

 雨降りの日、少女は踊る。
 庭園の外を知らぬ少女は、外の住人であるわたしに、ただ舞う。
 わたしの瞳に宿っていたのは、蹂躙の心だ。
 おまえはなにもしらぬ――。

 あるとき、ともに踊ったのは、幻影だったのかもしれない。
 二人分のフットステップ。
 あの足並みは、なぜ合っていたのか、思い出せない。
 わたしの幻想。
 ひとに合わせることなど、わたしは知らない。
 つかめぬ思い出が、物語を作る。
 そして沈み、現実へと変えるのだ。
 この上なくやわらかで、冷たく色のない手触りをした、わたしの世界だ。

 わたしは、なにを隠した?
 庭園の少女を、どこへ隠した?
 噴水に、何を沈めた。
 少女の持つ、輝きを閉じ込めた石に、無性に腹が立った。

 すべては過去だ、すべては、もう手に戻らない。
 色あせた、においのない、輝きを失った遠い日のことだ。
 夢のたび手を伸べているのも、しょせん夢のことに過ぎぬのだ。

 階段が螺旋を巻き、上も下もわからぬ空間で、上っているのか下がっているのかわからないまま、わたしは――。
 駆ける、駆けては。
 たどり着いた階段の頂上から、きみを見るのだ。
 そして階段は、瓦解する。

 書を鳥に括り付ける。
 磁力を失わせた鳥は、どこへ運ぶ?


 現と夢をつなげる曲なのだ。互いの世界のあわいにあり、その臨界に立つものに、張り付いて。それはわたしを苛むものだが、決して命を奪うことはないし、ときに美しく甘美に聞こえるのだ。
 あの記憶、わたしの罪、後悔、それはわたしの血肉となっている。
 あの日の記憶が、今日の私に確かな足音をもたらす。

***

例によってピアノ曲シリーズ、題材はブラームス「二つのラプソディ」第一番です。発表会に合わせてイメージをばばっと書き出したままなので、もはや散文ですね。
感性に合うというか、否が応でも非常に感情を揺さぶられる曲で、それゆえ解釈に苦労した曲です。何百回も弾きましたが、激しいばかりではない繊細な造り、深い肯定、力強い歩みのようなものを感じます。それでもこんな散文にしかならなかったのは、全然まだつかめてないということですね。


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